【人事部長の教養100冊】
「歴史入門」F.ブローデル

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歴史入門(表紙)

「歴史入門」
フェルナン・ブローデル

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基本情報

初版   1995年(日本)
※原書は1985年発行「資本主義のダイナミズム」
出版社  中央公論新社等
難易度  ★★☆☆☆
オススメ度★★★☆☆
ページ数 193ページ
所要時間 2時間00分

どんな本?

歴史を史実の羅列ではなく、3つの時間軸(地理的(長期)、社会的(中期)、個人的(短期))と3つの階層(日常生活、市場経済、資本主義)で捉え、歴史学に変革をもたらしたブローデルの入門書。

年号暗記に慣れ親しんだ日本人には、目からウロコの歴史解釈が続く。ブローデルが提唱した「長期の地理的時間軸」で書かれた大ベストセラーが、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」と言える。歴史に関心のある人にとっては、E・H・カーの「歴史とは何か」と並ぶ必読書。

著者が伝えたいこと

歴史は、瞬く間に過ぎていく個人史及び出来事史という「短期」、ゆっくりとリズムを刻む社会史である「中期」、最も深層において、ほとんど動くことのない自然や環境、構造という「長期」があり、特に「長期」を重視すべきだ。

例えば産業革命も、それ単体で見るのではなく、その下層部にある日常の経済生活や市場経済、周辺部にある奴隷制や農奴制等の在り方など、産業革命に至る長期的流れと合わせて把握すべきである。

著者

フェルナン・ブローデル
Fernand Braudel
1902 – 1985

ブローデル

フランスの「アナール学派*」を代表する歴史学者。 20世紀の最も重要な歴史学者の1人に数えられる。代表作は『物質文明・経済・資本主義』。

パリ大学卒業後,9年間アルジェリアのリセで教え,地中海地方に興味をいだいた。その後ブラジルのサンパウロ大学を経て,パリの実務高等研究学校の教授となる。

第2次世界大戦ではドイツ軍の捕虜となり,約5年間ドイツの収容所で暮した。その間,記憶から書上げた博士論文をもとにして著わした『フェリペ2世時代の地中海と地中海社会』  が代表作となった。 84年にはアカデミー・フランセーズの会員に選ばれている。

アナール学派・・・政治、外交、戦争中心だったそれまでの歴史学を批判し、気候や地形、農業、技術、交通、通信、社会グループ、精神構造なども含めた経済学・統計学・人類学・言語学等を横断する社会史の視点を尊重した一派。アナールは「年報」の意で、彼らが発刊した雑誌名から名付けられた。

こんな人におすすめ

歴史を俯瞰的に眺めてみたい人、アナール学派に関心のある人

書評

日本語版のタイトルは『歴史入門』だが、原題は『資本主義のダイナミズム』。歴史学というより、社会学や経済史に近い。

それほど難しいことは書いていないのでスラスラ読める。しかし、ブローデルの自著である『物質文明・経済・資本主義』を講演用に要約した内容となっているので、「ああ、資本主義の歴史を時系列でではなくて、構造的に把握しようとしているのだな」と大括りで理解できれば十分だろう。

フェルナン・ブローデル
(中央公論新社)

※歴史を構造で捉える「アナール学派」の代表作!

要約・あらすじ

第一章 物質生活と経済生活の再考

■歴史の根底には、人間の無意識の習慣・行動がある。例えばヨーロッパは地理的に小麦が適しており、家畜と結びついて肉食となって体格を増した。アメリカ大陸はトウモロコシを選んで余剰労働力で公共工事を促進した。

■ヨーロッパの市場経済は、14世紀のペスト流行からの回復期以降に発展した。15世紀には各地に市ができ、16世紀にはアントワープ等の国際的大市ができ、17~18世紀にはアムステルダムやロンドンが国際金融センターとして機能するようになる。

■ヨーロッパの経済は、取引所や信用形式といった道具と制度によって、他地域より発展していた。日本やマレー半島、イスラム世界もほぼ同様だが、自給自足的経済を続けた中国は大きく出遅れていた。

第2章 市場経済と資本主義

■人々が村で自給自足的に生活している段階を「物質生活(=日常生活)」と呼ぶなら、次の段階はそれらを交換することにより発生する「市場経済」である。

■小売業や卸売業といった市場経済の基礎部分は、取引が透明で、競争原理が働く。しかしその上に乗る資本の動きは、船主であれ保険業者であれ銀行家であれ、少数の者に握られていて、一般市民からは見えにくい。

■封建体制では、土地という富の源泉が次世代にも相続される、安定した秩序を保っていた。そして資本主義でも、商取引・高利貸し・遠隔地交易・行政上の役職等を通じ、何世代かにわたってゆっくりと領主階層の富がブルジョアに移転していった。

■しかし、この傾向が見られるのはヨーロッパと日本くらいである。例えば中国は国家が土地を所有して徴税し、経済を監視・統制していた。商人と官吏との腐敗はあったが、大きな力を持つには至らなかった。イスラム世界でも、土地は世襲ではなく、領主が死ねば、その土地と全財産はスルタンなり皇帝なりに戻された。

■つまり、資本主義の発展と繁栄には、社会秩序の安定性と、国家による経済への中立性という社会的条件が必要なのである。

第3章 世界時間

■歴史的に世界には「経済圏」が存在してきた。ローマ時代のローマとアレクサンドリア、14世紀のヴェネチアとジェノヴァ、18世紀のアムステルダムとロンドン、欧州外ではロシア、トルコ帝国、インド、マレー半島、中国などである。

■これらの「経済圏」が資本主義の母体となった。経済圏は常に経済力の強いところへ移動していく。ヨーロッパで経済圏が地中海から北海へ移動したのは、宗教の差でも、商才の差でもなく、単に北海近辺の商人が自分たちの粗悪品にヴェネチアの商標を付けて売りさばくような争いの結果に過ぎない。

■同時に、そのような経済圏の周辺には、奴隷制、農奴制といった前近代的な制度も併存していた。奴隷的労働が無ければ、資本主義は成り立たない。奴隷制→農奴制→資本主義と順番に出現してきたわけではない。

■イギリスで産業革命が起きたのは偶然ではない。まずその底辺には「日常生活」があった。技術革新の多くは職人が生んだものであるし、産業家も多くは下層階級だった。次に力強い生産と交換のプロセス、つまり市場経済があった。加えて、市場の拡大や労働力の確保等の条件が揃っていたのである。

学びのポイント

地理的時間軸(長期)

ヨーロッパが選択した小麦は、定期的に大地を休ませることを必要とし、家畜の飼育も必要とした。この結果ヨーロッパでは常に農業と家畜が結びつき、肉食の傾向を帯びることになった。

一方、米の栽培には動物の入り込む余地はなく、米作地域では肉食は少ない。トウモロコシは生産性が高く、アメリカ大陸の農民への強制労働を可能にした。(要約)

ブローデルが、歴史を見る上で必要とした3つの時間軸の一つ「地理的時間軸」に関する例示。直接的にではないにせよ、地域に拠る主食の違いが、その後の歴史に大きな影響を与えている可能性があるという内容。これは普通、歴史の教科書には書かれない。

最近ではアメリカの地理学者であり医学者ジャレド・ダイヤモンドが、著書『銃・病原菌・鉄』でこの点に着目し、民族や集団による権力の集中度合いや技術の差は、固有の遺伝的優位性によるものではなく、主に環境の差異に起因していると主張した。

マックス・ヴェーバーへの批判

歴史的に、キリスト教会は利付き貸出について反対の姿勢を貫いてきた。

マックス・ヴェーバーは、こうした資本主義に対する疑念は宗教改革によって初めて解消され、それが北ヨーロッパ諸国における資本主義の躍進に繋がったとするが、それはいささか短絡的であり、誤っている。

北ヨーロッパ諸国はただ、それ以前に、長きにわたって反映し続けてきた地中海沿岸の資本主義を引き継いだだけなのである。北ヨーロッパは、技術の面でも商業の面でも新しいものを生み出さなかった。

アムステルダムはヴェネチアを模倣し、ロンドンはアムステルダムを模倣し、NYはロンドンを模倣した。それは世界経済の重心が移動しただけであり、地中海から北海への中心の移動も、新興地域による旧勢力への勝利を意味するだけである。

ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、概ね以下のように主張した。

・プロテスタントにおいては「人間が救われるか救われないかは予め決まっている」という予定説を採る。

注)なお、カトリックは「○○すれば天国に行ける」という因果説を採る。もともとプロテスタントは、ローマ教皇レオ10世が「この贖宥状(免罪符)を買えば天国に行ける」と資金集めしたことに対抗する勢力だった。

・自分が救われるかどうか分からないという状況は、人間に恐怖と緊張状態を強いる。よってプロテスタントでは、神から与えられた職業(=天職)に励むことで救済を確信する証を得ることを奨励された。

・また、天職に励んだ結果としての蓄財も、安くて良質な商品やサービスを人々に提供したという「隣人愛」の実践の結果として肯定された。

・この「禁欲的な労働」と「利潤追求の正当性」が資本主義の発展に寄与した。

・カトリック圏である南ヨーロッパ諸国では、日が昇ると働き始め、仲間とおしゃべりなどをしながら適当に働き、昼には長い昼食時間をとり、午後には昼寝や間食の時間をとり、日が沈むと仕事を終える。実質的な労働時間は短く、おおらかで人間的ではあるが、生産性の低く資本主義には馴染まない。

一方、ブローデルは「いやいや、単に経済の覇権が地中海から北海方面に移動しただけでしょ」と主張する。

どちらが正しいかは難しいところだが、カトリック教徒が多かったヴェネチアやジェノヴァでもそれなりに経済が発展していたことを考慮すると、「利潤追求に対する後ろめたさが和らいだ」というヴェーバーの主張はあまり正しくないのかもしれない。

しかし、「禁欲的な労働」という側面では、南欧諸国の人々が北欧諸国に比べると、おおらかで若干怠惰な面があるのは事実だろう。事実、EUのお荷物と言われている国々には地中海沿岸国が多い。ユーロ圏で財政状況がとりわけ厳しいポルトガル(Portugal)、イタリア(Italy)、ギリシャ(Greece)、スペイン(Spain)の4カ国は、その頭文字を取ってPIGSと呼ばれている。

もっとも、これも宗教的な違いではなく、単なる気候の差なのかもしれない。温かい地域の人々は、気候も安定しているため、それほど苦労せずに穀物を育て、食料を確保できる。しかし、寒冷な地域の人々は、痩せた土地で冷害にも苛まれながら、様々な工夫を凝らして生活を成り立たせている。そして自然と勤勉になる。

世界に視点を広げてみても、主に熱帯である赤道~北緯・南緯30度くらいまでは、いわゆる先進国は見当たらない。気候が人々の気質に影響を与える一つの要因である、よい例ではないだろうか。

OECD加盟国

OECD加盟国

フェルナン・ブローデル
(中央公論新社)

※歴史を構造で捉える「アナール学派」の代表作!