【人事部長の教養100冊】
「逝きし世の面影」渡辺京二

人事部長の教養100冊ロゴ
逝きし世の面影(表紙)

「逝きし世の面影」渡辺京二

スポンサーリンク

基本情報

初版   2005年
出版社  平凡社
難易度  ★★☆☆☆
オススメ度★★★★☆
ページ数 604ページ
所要時間 6時間30分

どんな本?

欧米人による記録をもとに、江戸末期の(=欧米化される以前の)日本文明を解き明かすとともに、明治維新と敗戦で日本が失ってきたものの意味を根底から問いただす大作。

「日本本来の文化・習慣とは何なのか」を学びたい人におすすめ。特にグローバルに活躍する上で、自国固有の文化・習慣を学ぶことは必須であり、本書はそのための一級品の記録が並ぶ。日本人が読むからこそ、新鮮な気付きが得られる良書。

著者が伝えたいこと

江戸末期、日本が有機的個性として育んできた一つの文明が滅んだ。欧米化される前の日本人は、のびのびと自由に、礼節を持って、貧富の差も少なく、概ね幸せに暮らしていた。多くの欧米人による記録を紐解くと、客観的にその事実を認識することができる。

著者

渡辺わたなべ京二きょうじ 1930-2022
渡辺京二さんは2022年12月25日に92歳でお亡くなりになりました
偉大な日本近代史家のご冥福を、心よりお祈り申し上げます

渡辺京二

京都生まれ。大連一中、旧制第五高等学校(現・熊本大学)を経て法政大学社会学部を卒業。河合文化教育研究所主任研究員。

同人誌の編集や塾講師の傍かたわら、独自の視点で日本の近代史や思想史を研究する。

こんな人におすすめ

「日本本来の文化・習慣とは何なのか」を(部分的にでも)知りたい人。特にグローバルで活躍するビジネスパーソンが自国固有の文化・習慣を学ぶという点においては、一級品の資料(欧米人の記録)が並ぶ。

書評

日本人が読むからこそ、新鮮な気付きの多い本と言える。著者は「欧米人が書き残した日本像は真実か虚構か」の議論にやや拘泥しすぎの感があり、その議論に終始している第一章「ある文明の幻影」は読み飛ばして構わないと思われる。

個別の記述を見れば、日本の一部しか見ていないとか、先人の誤った認識を引きずっているといった事象はあろうが、本書では数多くの「見聞録」が紹介されているので、全体としての傾向を掴むという態度が正しいだろう。

渡辺京二
(平凡社ライブラリー )

※外国人による幕末日本人の観察日記を通じて日本人を知る

要約・あらすじ

■文化人類学的に見ると、ある文化の特徴は、その文化に属する人間によっては意識されにくく、従って記録もされにくい。よって日本を訪れた外国人の記述を収集・分析することで、日本の持つ文化的特徴を掴むことができる。

■江戸末期、日本を訪れた欧米人は、西洋文明が日本文明に優越すると確信していた。しかし、彼らは当時の日本文明に讚嘆の言葉を惜しまず、進んで西欧文明の反省にまで言及していたケースが多い。それらを見ていくことにする。

(以下、欧米人が持った日本の印象)

■日本人は生活に満足しており、幸福である。安楽で静かで幸福な生活、大それた欲望を持たず、競争もせず、穏やかな感覚と慎しやかな物質的満足感に満ちた生活を楽しんでいる。

難しいことは考えず、時の流れと自然の中に身を任せている。世の中の苦労を気にかけず、欧州で見られる心労に打ちひしがれた顔つきなど全く見られない。大人も子供と同じように無邪気である。

■諸外国に比べ、あらゆる社会階級は社会的には平等である。皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。財産に多寡があっても、金持は高ぶらず、貧乏人は卑下しない。また、貧困と人家の密集地域が、つねに野卑と不潔と犯罪とを誘発するとは限らない。貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない。

■日本人は芸術の享受、つまり美意識が下層階級にまで行きわたっている。芸術は万人の所有物であって、日常生活の隅々まで、ありふれた品物を美しく飾る技術も確立している。東洋的な「壮麗と奢侈」からはほど遠く、家具等は数も少なく質素でシンプルである。

■日本では時間はゆっくり流れている。人々は勤勉だが、働きたいときに働き、休みたいときに休んだ。「労働は苦役」とか「労働生産性」といった概念は無いようで、共同作業の際には声を合わせ、自分たちのペースで、楽しみながら取り組んだ。

社会的に見れば彼らは幸福だが、近代資本主義を前提とすれば、怠惰、無気力、無規律と映る。現在のままでは、日本の工業はヨーロッパとの競争に勝てない。

■日本は江戸幕府による専制統治下にあるが、民衆は政治的に抑圧されることもなく、政府に搾取されることもなく、社会は幕府の存在をほとんど意識していない。それどころか、民衆には軽犯罪の相互抑止といった、ある程度の自治が認められていた。日本人は自分自身の生活にすっかり満足している。

■日本では「混浴」が一般的である。日本人は礼儀も正しく賢い民族だが、この混浴という野蛮な風習だけは欧米人として受け入れられない。

■女性の地位は必ずしも低くなかった。他の東洋諸国に比べると大きな自由を許されていて、そのためより多くの尊厳と自信を持っている。家庭生活に不満があればいつでも離婚できたし、離婚歴は当時の女性にとってなんら再婚の障害にはならなかった。男性より出しゃばらないだけで、決して立場が低いわけではない。

■日本は子供にとって楽園である。日本人の母親ほど辛抱強く愛情に富み、子供につくす母親はいない。子供をむち打つことはほとんどなく、叩く・殴るといったこともほとんどない。日本の子どもは自分たちだけの独立した世界をもち、大人はそれに干渉しない。

■温帯に属する日本の自然は、インドや東南アジアに比べ、欧米人に馴染みやすい。森林はよく保護され、鳥もまた良く保護されていた。江戸近辺には至る所に農家、村、寺院があり、また至る所に豊かな水と耕地がある。作地は花壇のように手入れされ、雑草は一本も見られない。自然と人間が見事に調和している。

■江戸はパリやロンドンのような壮麗な都ではない。都市と郊外の境目は明確ではなく、歩いているといつのまにか田園風景になる。しかし江戸は広く、しばらく歩くと、また街中に出ることになる。

■日本人は最も下層の階級に至るまで、万人が生まれつき花を愛し、花見をし、実際に気に入った植物を育てている。花の他にも、月、雪、虫、それらに伴う俳句など、四季の移ろいの中に、純粋な喜びの源泉を見出している。

■信心深く寺に詣でるのは下層階級と女性のみで、武士階級は宗教に対して懐疑的であり、僧侶を軽蔑している。武士階級の多くは孔子の教え(論語)を規範としており、無神論者とみなされている。日本において宗教は単なる社会慣習であって、何なら娯楽とも言える。

学びのポイント

日本人は自然とともに生きてきた民族

西洋の市民的、宗教的自由の理論についてほとんど知らぬとしても、日本人は毎日の生活が時の流れに乗って滑らかに流れていくように、何とか工夫しているし、目の前の官能的な楽しみと煩いのない気楽さの潮に押し流されてゆくことに満足している。

イギリス国教会ジョージ・スミス

日本人は元来、理性とか論理的思考といった思索には興味がなかったようで、ギリシャ的な哲学は生まれなかった。また、神が作った人間こそが至高の存在というユダヤ教・キリスト教的な考え方も生まれなかった。

その理由は色々あるだろうし、これ!という正解はないだろうが、日本列島が常に自然災害とともにあったことと無関係ではないだろう。

自然災害

台風、地震・津波、火山、土砂、洪水などなど、ギリシャやパレスチナの地に比べると、日本は相対的に自然災害が多く発生する。これは人間の力ではどうにもならず、被害を受けても、不屈の精神で立ち直らなければならない。

そういった環境にいる民族が「人間こそが至高の存在」という考えに至るだろうか。いや、人間も自然の一部であると考えるのが自然ではないか。だからこそ、日本人は唯一無二の完全な存在である神を信じるのではなく、万物に神は宿るというアニミズム的宗教観を持ったと考えられる。

ジョージ・スミスの言う「時の流れに乗って滑らかに流れていく」とか「官能的な楽しみと煩いのない気楽さの潮に押し流されてゆく」というのは、どうせ自然には敵わないのだから、難しいことは考えずに、今を楽しく生きようよという日本人の基本的な態度の表れなのかもしれない

江戸末期(資本主義化前)は比較的平等な社会だった

彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。

――これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果してこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。

・この国のあらゆる社会階級は、社会的には比較的平等である。

・少なくとも日本においては、貧困と人家の密集地域が、つねに野卑と不潔と犯罪とを誘発するとは限らない。貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない。

当然ながら江戸時代にも豪農や豪商は存在したし、逆に極端に貧しい地域もあった。それでも、産業革命後(資本主義化後)の欧米に比べれば、まだまだ当時の日本の貧富の差は小さかったということだろう。

支配階級である武士の教育では「商売や金勘定は卑しいこと」とされ、ヨーロッパの支配階級である貴族の裕福さとは対極をなしていた。「武士は喰わねど高楊枝*」と言う諺が残っているくらい、武士は一般的に貧しかった(少なくとも金銀財宝に囲まれた生活ではなかった)。

*武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。武士の清貧や体面を重んじる気風をいう。また、やせがまんすることにもいう。

大名家も、江戸への参勤交代や頻繁な国替え、城や河川整備の普請などで、必ずしも財政的なゆとりがあるとは言えなかった。上杉鷹山が財政を立て直したことで有名な米沢藩が好例だろう。これは江戸幕府への対抗勢力を作らないという戦略の一つで、幕府が350年以上続いた理由の一つでもある。

ちなみに薩摩藩が討幕時に活用した資金は、奄美や琉球で独占したサトウキビ(黒糖)貿易や偽金作りで捻出されたと言われている。

また、農民も多額の年貢を収奪されていたようなイメージを持つが、新たな農具の発明などにより農業生産性が上がっても、土地の評価(石高)は頻繁に更新されなかったため、江戸時代の農民は我々のイメージほど極端に貧しかったわけでもない、と筆者は言う。

しかし日本が開国し、欧米との競争にさらされ、資本主義化すると、この平等は失われる。世界で初めて産業革命を経験したイギリスでは、貧富の格差が社会を揺るがすまでになった。マルクスとエンゲルスが「共産党宣言」を出版したのは1848年だ。

平等で平和な日本を見た欧米人は、日本にも格差が生まれると懸念(同情)したということである。

なお、日本のジニ係数(貧富の差を0~1までの値で示したもの)は、第二次世界大戦をはさみ、一貫して上昇している。

ジニ係数

https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yoshikawa-hiroshi/02.html

一時期流行ったピケティによれば、r(資本収益率)>g(所得成長率=経済成長率)である限り、株などの資産を持つ富裕層と、労働力しか持たない労働者の不平等は拡大していく。マルクスによる「資本主義は資本家が労働者を搾取する仕組みであり、格差は広がる一方だ」という指摘と本質的には変わらない。

高度成長期の日本は「一億総中流」と呼ばれていたが、開国以来のグローバリゼーションの中で、資本は自由に動き、r>gとなり、「格差社会」と言われるようにまでなってしまった。果たして日本人にとって良い姿なのか、否か。

欧米に飲みこまれることを避けるための欧米化

長崎海軍伝習所の教育隊長カッテンディーケは、自分がこの国にもたらそうとしている文明が「日本古来のそれより一層高い」ものであることに確信をもっていた。

しかし、それが日本に「果して一層多くの幸福をもたらすかどうか」という点では、全く自信をもてなかった。実際にこんなことを言っている。

「私は心の中でどうか今一度ここに来て、この美しい国を見る幸運に巡り合いたいものだと密かに願った。しかし同時に私は、日本はこれまで実に幸福に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった」。

産業革命を終えた欧米各国から見れば、当時の日本は明らかに後進国であった。日本は、欧米各国が通商の利益を求めて蚕食してきたインド・東南アジア・中国と同じような運命を辿るであろうというのがカッテンディーケの主張だ。

しかし、日本には強力な軍事力はなかったものの、江戸幕府を頂点とした統治機構が整然と機能していた。また、インドの状況や、アヘン戦争の結果などをよく情報収集しており、大局的な判断で大規模な内戦(江戸幕府vs薩長軍)も回避して、植民地化を免れた。日本に「災難」はなかったと言えないこともない。

その後、日本は富国強兵・殖産興業で欧米に追い付き追い越せと躍起になる。日本にはろくな資源もないので、欧米各国は日本を植民地化しようとは思っていなかったかもしれない。しかし、通商を通じて甘い汁を吸おうとしていたことは確かだ。

結果、日本という国土が欧米に飲み込まれることを避けるために、軍事・政治・経済などを急速に欧米化することになる。

その中で、日本という国が長年積み重ねてきた伝統の多くが廃れてしまった。それをもって「災難」と言うのであれば、これはカッテンディーケの言う通りなのだろう。果たして、これが日本人にとって良いことだったのか。

現在の一部のイスラム諸国のように、欧米化を拒否し、欧米型グローバリズムには乗らずに、独自の政治形態・生活様式を守り続けるケースもある。イスラム教のような強力なイデオロギーがない日本に、それができるかどうかと言われれば、恐らく難しかっただろうし、この先も難しいだろう。

「働き方改革」を考える

近代資本主義の確立とともに工場を中心に見られるような、厳密に計測化された時間と引き換えの賃金労働は、徳川期の日本にあっては、いまだ知られざる観念だった。

人は働かねばならぬときは自主的に働き、休みたいときは自主的に休んだ。社会的観点からみれば、彼らは何ら不幸ではない。彼らはおだやかに、戸外で、日向で、ぶらぶらと暮している。

しかし、それでは労働生産性は上がらず、日本の工業はヨーロッパとの競争に勝てないのだ。

資本主義化・工業化により、労働における「規律規範」、働いた時間で報酬を決める「時間給」、全労働者が同じパフォーマンスを発揮できるようにする「標準化」が一気に広まった。

そしてそれらは、工場で何かを組み立てるような単純製造業主体の時代が終わった現在に至るまで、我が国の労働法制・教育システム・企業慣行(新卒一括採用・年功序列賃金・企業内労働組合等)に強い影響を及ぼし続けている。

しかし、労働を取り巻く環境は大幅に変わってしまっている。「単純肉体労働」の割合は低下し、AIの発達によって「単純頭脳労働」はいずれは無くなっていく。今後ニーズがあるのは「高度な専門職」か「高度なゼネラリスト」のどちらかしかなくなる。

こうなると、既存の仕組みは変革を余儀なくされる。まず教育。社会生活を送るための最低限の知識や教養は必要だが、単純頭脳労働が少なくなる中では、全員が全員、高等教育を受ける必要はない。

そうなると、Fランク大学は全て潰して(!)、IT・サービス・デザイン・医療・語学等の「高度専門職業学校」にするのが良いのではないか。ゼネラリスト向けには、従来の大学教育を施せばよい。

次に労働法制。端的に言えば、現在より労働市場における「流動性」を高めるべきだ。単純労働者は自らにスキルがないから、組合を組織して自らの雇用を守ろうとする。国としても労働者保護の観点から、解雇のためには相当なハードルを用意している。

しかし、各労働者が高度な専門性を身に付けていれば、その必要はない。労働者は自身のスキルを武器に企業と交渉するようになるだろう。賃金などの待遇は個人別に異なってしかるべきだ。そしてその裏返しとして、企業は条件に合わない労働者を(少なくともアメリカと同じ程度のハードルで)解雇できるようにすればよい。

そして企業慣行だ。上記2つが実現すれば、企業の行動も自然と変わる。これまで企業は新卒を一括で採用し、企業内で教育し、定年まで雇用していた。しかし雇用が流動化すれば、企業自身が教育コストを支払う必要はなくなる。必要なスキルを持った人材を、必要な時に採用すればよいだけだ。

もちろんこれらは極論ではある。例えば経済的に苦しく、専門教育を受けられない人には奨学金等の制度を整備する必要があるであろうし、障がいをお持ちの方が安心して働けるようにするには、法制も必要であろう。

しかし、この国の「働く」ことに関する様々な仕組みや制度が、個人の能力発揮を阻害し、国際競争力を削いでいることは間違いないと思われる。現在、政府は「非正規雇用の処遇改善」「長時間労働の是正」といった短期施策としての「働き方改革」を進めているが、産業構造の変化を捉えた長期施策も考えていく必要がある。

資本主義化・工業化以前の日本のように「穏やかに、自主的に、働きたいように働く」時代がやってきたら、、、いいですね!

日本で「民衆革命」が起きなかった理由

日本は江戸幕府による専制下にあるが、統治は緩やかである。

将軍や大名は窮屈な儀礼に縛られ、実権は下級に移行していて、威厳は見せかけだけで何の権力ももたない。法は平等で、華飾は身分を問わず制限されている。

町人にしても農民にしても、国の官吏に対する服従は義務付けられているが、生産・商業活動においては誰からも妨げられることなく、最大限の自由を享受している。

身分的差異は画然としていても、それが階級的な差別として不満の源泉となることのないような、親和感に貫ぬかれた文明である。この国では特に下級の者に対する支配はとくに緩やかと言える。

日本において、純粋な意味での「市民革命」が起きなかった理由は、貧富の差がそれほど大きくならなかった(=ブルジョア層が育成されなかった)ことに加えて、政府から「圧制」を敷かれているという意識が薄かったこともありそうだ。

ヨーロッパではざっと以下のような市民革命が起きている。

1640年清教徒革命(チャールズ1世の専制政治に対抗)
1688年名誉革命(カトリック信者であるジェームズ2世の追放)
1776年アメリカ独立(宗主国イギリスからの独立)
1789年フランス革命(ブルボン朝絶対王政への対抗)

もちろん、宗教対立や国家間の争いもあり、日本との単純比較はできない。また、日本においても、百姓一揆や島原の乱、大塩平八郎の乱などの局地的な「市民革命」はあった。

しかし、日本に政権交代を実現するような市民革命が起きていないことは歴史上の事実である。明治維新は武士階級同士の覇権争いであったし、大東亜戦争後の民主化はアメリカによるものであった。

つまり、日本の「一般市民」は、自分達で自由なり権利を勝ち取ったという経験がない。日本人がデモをやってもイマイチ迫力がないのは、このあたりに理由があるのかもしれない。

死との向き合い方も自然とともに

日本人の死を恐れないことは格別である。むろん日本人とても、その近親の死に対して悲しまないということはないが、現世からあの世に移ることは、まるで日常茶飯事のように話し、地震、火事、その他の天災を茶化してしまう。

死は日本人にとって忌むべきものではない。彼らは死の訪れを避けがたいことと考え、普段から心の準備をしているのだ。

日本人とは驚嘆すべき民族だ。火災があってから1日半しか経っていないのに、もはや千戸以上の家屋が立ち並んでいる。被害にあった人々の顔には悲しみの形跡もない。まるで何事もなかったかのように、冗談を言い合っている。

冒頭で述べた通り、日本人はキリスト教徒と異なり、「人間」を自然界の中で頂点に立つ特別な存在とは思わず、自然とともに生かされている存在と考えていた。

よって、人間が死ぬことも当然であり、特に自然災害による人の死には諦念にも似た感情を持っている。事実、2011年の東日本大震災の際、日本人が同胞の死を泣き叫ぶこともなく粛々を受け止め、生き延びた者は自分たちの生活をこちらも粛々と立て直している姿を、欧米のメディアは驚くこととして報道していた。

この理由は、キリスト教徒と仏教の世界の違いにも求められるかもしれない。

キリスト教(ユダヤ教とイスラム教も一緒)の世界観では、世界が終焉すると、神が生前の行いを審判し、各人を天国か地獄行きかを決めることになっている。生まれてから世界が終わるまでの時間の流れは一方通行であり、いずれ人は死を迎える。そんな世界観である。

最後の審判
最後の審判(ミケランジェロ)

一方、仏教の世界観では、人が死んであの世に還った霊魂は、この世に何度も生まれ変わってくることになる。そして生まれ変わるのは人間とは限らない。一時期、RADWINPSの「前前前世」という曲が流行ったが、キリスト教の世界観では「前世」というものは存在しない。「あなたは唯一無二の人なのですよ」となる。

当然ながら、死に対する考え方や態度にも差異が出てくるだろう。

日本人はそもそも抽象的な思考が苦手?

日本人には「内面的で超人的な理想や、絶対的な美と幸福への衝動」が欠けており、おなじく芸術にも「霊感・高尚な憧れ・絶対への躍動」が欠けている。

事実、日本語は本質的に写実主義的であり、抽象的な言葉や一般的で形而上的な観念について全く貧困である。日本人が好きなのは現実のことや具体的なことで、形而上的、観念的な問題には関心を示さない。

これは日本人についてよく言われる性質の一つである。では何故、欧米人に比べて日本人は「形而上的・観念的」な思考が苦手だと言われるのだろうか。

まず欧米人の事情から見ていく。これは「菊と刀」R.ベネディクトの解説でも展開した仮説だが、

・古代オリエント世界ではエジプト、アッシリア、バビロニア等の巨大勢力がひしめいており、後のユダヤ民族には強い結束が求められた。


・それ故、求心力を高めるため、他の神は一切認めないという絶対的な一神教と、細かい行動規範を定めた律法(食べて良いものとダメなものまで決まっている)で構成されるユダヤ教を確立し、民族の精神的支柱とした。


・ユダヤ教の根本はそのままキリスト教・イスラム教にも引き継がれ(例えば旧約聖書はキリスト教にとってもイスラム教にとっても啓典である)、現代まで大きな影響力を持っている。


・キリスト教においては、人間は「絶対的で唯一の神」の被造物であり、人間には理想とする正しい「生き方」や「あり方」があるはずだと考える。よって、形而上学的・観念的な思考の練度が上がることとなった。

一方の日本の事情を見ると、

日本は海に囲まれていて外敵が少なく、海産物・農産物にも恵まれていたので、周囲と争う必要性が薄かった。みんなが少しずつ譲り合えば、それなりに幸せに生きていける、それがユダヤ人と違ったところ。


・国内の内戦はあったが、一般庶民を巻き込むことはなく、あくまで武士階級同士の戦いだった。欧米や中国でありがちな、皆殺しや街ごとの焼き払い、民族を根絶やしにするような行為は、一部にあったかもしれないが、一般的ではなかった。


・つまり、日本人は外に対する結束よりも、内での現実的な処世のほうが重要な関心事だった。ここはユダヤ人と異なるところ。


・また、日本は地震・津波・火山・台風と世界の中でも自然災害が多く、人々は自然を畏怖しながら生きてきた。人間は自然の一部であり、自然に生かされているという感覚が根底にある。


・事実、宗教も八百万の神を奉る神道や、様々な仏さまが登場する仏教が主体で、何か人知を超えて絶対的に存在する神はなく、そこから演繹的に導き出される行動規範もなかった。


・このような民族が、実利的・歓楽的に生きるのは当然の帰結であって、形而上的・観念的な思考を持つ必要もなかった。

もちろん他にも様々な要素はあろうが、以上のように大枠、説明することができるのではないだろうか。

人事部長のつぶやき

日本礼賛はちょっと浅はか

最近、「日本って素晴らしい!」と外人に言わせる(軽薄な)テレビ番組が多くて少し気になる。

本書も一歩間違えるとこの類になるのだが、外国人(なぜかこの手の番組で日本を褒めてくれるのはアジア人ではなくて欧米人であることが多い)に褒めてもらってうれしい、というメンタリティは最高にカッコ悪いと思う。。。

経産省が旗を振って始まったCool Japanキャンペーンというのも、自分でCoolと言ってしまうあたりは、何とも日本人として、こっ恥ずかしさが残る。そんな私は謙虚過ぎなのでしょうか、、、!?

混浴で何が悪い!!

日本には混浴という悪しき習慣がある。日本のように男女両性が、これほど卑猥な方法で一緒に生活する国は、世界中どこにもない。

徳川期の日本人は、肉体という人間の自然に何ら罪を見出していなかった。それはキリスト教文化との決定的な違いである。

ヨーロッパ人から見ると、混浴は「悪」だったようだ。

そもそもキリスト教では、エデンの園で自然とともに自由に暮らしていたアダムとイブが、蛇にそそのかされて「善悪を判断できる実」を食べてしまい、自然界から疎外され、裸でいることを恥じるようになった、という旧約聖書の世界観がある。

「人間の堕落」フーゴー・ファン・デル・グース
「人間の堕落」グース

衣服の着用は、人間が獣から人間になったことの象徴であり、キリスト教徒にとっては文明の証というものであろう。しかし、日本人はその点、大らかだった。入浴習慣については、完全に欧米のスタンダードに日本のそれを合わせていった典型例だろう。混浴で何が悪い!!

とはいえ、治安維持の観点からは別浴のほうがいいでしょうね!

確かに日本人の宗教観は相対的に薄い

私の知る限り、日本人は最も非宗教的な国民だ。巡礼はピクニックだし、宗教的祭礼は市である。

日本人に「あなたの宗教は何か」と問うと、全く困った顔をする。

確かに、唯一絶対の神を信じるキリスト教・ユダヤ教・イスラム教から見ると、日本では八百万の神信仰(=万物に神が宿る)や仏教、神道が混然一体としていて、宗教心は薄いと見えるだろう。

現在でも、クリスマスを祝ったかと思えば、正月は神社に詣で、人が亡くなれば仏式で葬式を行う。数々の宗教戦争を経験してきたヨーロッパ人からすれば、日本人は全く節操がないということになる。

キリスト教徒は、信仰により人間性が完成し、道徳的にも進歩するものと信じていた。実際に欧米人にこんなことを言われている。

宗教――キリスト教徒が知るような、宗教において不可欠とされるものを伝え保存すること、それによって心の最も高い願望と、知性の最も高貴な着想とをかき立てること、迷信の力を削ぎ寛容を説くにとどまらず、生きた信仰と行動への正しい動機、つまりは人間性に許された最高のものを最優先の地位につけること――

これが文明であるとするならば、日本人は文明をもたない。

ひどい言われよう!!日本人は完全に侮辱されているわけですが、そもそも日本人は人生における宗教への依存度が(一般的に)低いので、それほど腹立たしくありません、、、皆さんはいかがでしょうか。

ちなみに、外国人学者から「宗教教育のない日本でどうやって道徳教育が授けられるのか」と問われたことをきっかけに執筆したのが、新渡戸稲造の『武士道』。新渡戸は「武士道こそが日本人の道徳」と説いたそうだ。

渡辺京二
(平凡社ライブラリー )

※外国人による幕末日本人の観察日記を通じて日本人を知る