【人事部長の教養100冊】
「遺伝子の社会」I・ヤナイ

人事部長の教養100冊ロゴ
遺伝子の社会(表紙)

「遺伝子の社会」I・ヤナイ

スポンサーリンク

基本情報

初版   2016年(日米双方)
出版社  NTT出版
難易度  ★★★★☆
オススメ度★★★★☆
ページ数 285ページ
所要時間 3時間00分

どんな本?

最新の進化生物学研究の成果を背景に、遺伝子たちが生存への闘いの中でどのように協力・競争しているかを包括的に展望する。

遺伝を中心とする進化生物学の視点から、人間とは何か、生きるとは何かについて改めて考えさせられる一冊。「日本人とドイツ人よりも、アフリカの部族間ほうが遺伝的な距離が遠い」といった興味深い科学的事実も語られる。

著者が伝えたいこと

リチャード・ドーキンスは著書『利己的な遺伝子』で「生物とは遺伝子と呼ばれる利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械である」と主張した。

この概念はさらに押し進めることができ、遺伝子は将来の世代における優位を巡って、相互に作用し、激しく競い合い、協力し合っており、それは「遺伝子の社会」と呼べるほどである。

著者

イタイ・ヤナイ
Itai Yanai
1975-

Itai Yanai

ニューヨーク大学医学部教授。ハーバード大学、ワイツマン科学研究所(イスラエル)、イスラエル工科大学准教授、テクニオンゲノムセンター所長を経て現職。

こんな人におすすめ

遺伝を中心とする進化生物学の視点から、人間とは何か、生きるとは何かについて改めて考えたい人。

イタイ・ヤナイ
(NTT出版)

※「生きる意味」について進化生物学の視点から考える

要約・あらすじ

■がん(癌)は、遺伝子のコピーミスから生じる。ミスの結果、細胞が自ら増殖するシグナルを出し続けしまい、がん細胞が他の細胞の機能を支障する程度にまで大きくなることにより、人を死に至らしめる。

■がんになるのは生殖時期を過ぎた40代以降が多い。これは生殖時期にがんに侵されない遺伝子が自然淘汰で現代まで残ってきたからだろう。

■細胞のがん化は自らの「母体」を失わせることになるが、細胞の世界の中でも、がん細胞vs通常細胞の自然淘汰が行われていると考えればよい。

■多くの細菌のゲノムには、約30個のDNA文字(A・T・C・G)が反復して現れる。そして反復領域と反復領域の間に現れるDNA文字列は、その細菌が過去に攻撃を受けたウィルスのものである(ウィルスを取りこんだということ)。細菌はそれ以降、当該ウィルスを門前払いすることで、免疫を得る。

■その免疫を多く獲得した細胞が、生存競争を勝ち抜く。これが人を含む生物に免疫力が付く仕組みである。

■生物が後天的に得た能力や資質は、子孫に遺伝しない。遺伝は、突然変異で発生した形質を持つ個体群が、生存にとって優位だった場合に、生存競争の中で生き残り、子孫に遺伝子が受け継がれただけである。

■つまり、キリンの首は年月を経て少しずつ長くなってきたのではなく、ある時に変異で首が長くなったキリンの個体群が、生存競争に打ち勝ったということだ。

■原始的な生物はメスがメスを生むが、自分のクローンしか産めず、何か環境変化があったとしても、それに適用する遺伝子は自分の子孫にしか引き継がれず、他の個体に行き届かないため、その種全体が死滅していく。

■一方、有性生殖の道を選んだ生物は、オス=メスの組み合わせで1個の個体を生むという意味で、生産性は無性生殖の半分だが、遺伝子を交換することで環境変化に耐えるという戦略を取った。

■現世人類の遺伝情報は99.5%までが共通である。人類は30万~40万年前にアフリカで生まれ、その後、いくつもの孤立した集団に分かれて長い年月を経たため、ゲノムレベルで識別できるほどの差が生まれた。つまり、遺伝的多様性が豊富ということだ。

■そのうちの一部がサハラ砂漠を渡り、中東に入って全世界に広がっていった。よって、例えば日本人とドイツ人よりも、アフリカの部族間ほうが遺伝的な距離が遠い。

■例えばオリンピックの個人種目でアフリカ系選手が上位を占めるのは、アフリカ大陸の方が、遺伝的多様性があり、やたらと足の速い変異や、やたらと高く飛べる変異のある可能性が最も高いからだ。もちろん、やたらと足が遅いとか、高く飛べないという変異もアフリカに多いことになる。

■アフリカ以外の人類は遺伝的に同質性が高く、何かの才能に飛び抜けるという変異がアフリカに比べて起こりにくいといえる(技術的に難しく、金のかかるスポーツで欧米・アジア勢が優勢なのは、トレーニング環境や経済力が整っているからだ)

■人は約60億文字のゲノムを持ち、子が生まれる際に平均60の変異が起きる。この変異が積み重なり、集団に広がり、人に多様性をもたらす。しかし、遺伝子型が異なりすぎると、子の遺伝子はどちらの集団からも離れることになり、成長機能や免疫機能に障がいを持つ可能性も高くなる。子が成せないほどに遺伝子型が離れると、別の種として認識されるようになる。

■人間の性染色体Xの一部は、チンパンジーのものと類似している。これは、初期のヒトとチンパンジーが、ある程度それぞれで進化を遂げた後、まだ交配できる時点で両者が混じり合ったこと、しかもヒトのオスとチンパンジーのメスが生殖したことを示唆している。

■また、ヒトとネアンデルタール人は30万年以上前にアフリカで分岐した。ネアンデルタール人はヒトより先に中東やヨーロッパに出たため、アフリカ人には一般的にネアンデルタール人の遺伝子は見当たらない。しかし、アフリカ以外の人類にはネアンデルタール人の遺伝子型が残っている。これはヒトとネアンデルタール人が、アフリカを出た後に性的交渉を持ったという証拠に他ならない。

■地球上で最初の生命が生まれたのは、海底の熱水噴出孔の周辺と考えられている。これは、熱水噴出孔が化学成分豊富な液体を吹き出す時に生じる化学反応と、今日の生物に見られる代謝の重要な部分が似ているからだ。

学びのポイント

万世一系の根拠はY染色体?

人間は22対の常染色体と1対の性染色体を持っている。父親と母親から子どもができる時、子どもの常染色体は、父親と母親から1/2ずつのDNAを引き継ぐ。

しかし、性染色体は男性XY、女性XXとなっており、子どもが男性の場合は、父親のYをそのままの形で引き継ぐことになる。

この事実を踏まえた上で、「皇室典範」を見てみよう。

第一條  皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

これはつまり「天皇陛下の父親を追っていけば、神武天皇(天皇の祖先)に行きつく」ことを意味している。

あまり詳しくない人のために簡単に解説すると、現行の天皇制では、常に父親の家系が天皇家を継いできた。よって、愛子さまや眞子さまは天皇にはなれるが、仮に愛子さまが民間男性と結婚して子が生まれても、その子は天皇にはなれない。なぜなら、父親の家系が天皇家ではないから。

女性天皇と女系天皇を混同している人がたまにいるが、現行制度でも、女性天皇はOKなのである。

ではなぜ、天皇家は男系なのか。これは歴史的にそうなっているとしか言えず、仮に神武天皇が実在したとして、約2600年間、脈々と男系天皇を守ってきている。

しかしこれを、生物学の概念を導入して「Y染色体を維持するため」と考えると理解しやすい。父親のY染色体は、自然に発生するいくつかの変異を除けば、そのまま子に遺伝される。古代に染色体の知識があったとは思えないが、何らか直感的にY染色体の存在を意識していたのではないか。

現在、男系天皇・女系天皇の議論が盛んであるが、女系天皇を認めた瞬間に、2600年続いている唯一無二の「男系家系たる天皇家」は断絶し、「単に祖先に天皇がいるという天皇家」になる。これは理屈や男女平等論で語れるものではなく、歴史や伝統とどう向き合うかというポリシーの問題である。

日本が「男系家系たる天皇家」を2000年以上戴いてきたという事実は、日本を日本たらしめているアイデンティティの一つであるし、それを次の代に引き継いでいくのは極めて自然なことと個人的には思う。皆さんはどうだろうか。

Y染色体の悲哀

およそ1億5000万年前、その他22対の染色体がそうであるように、性染色体もXとYが対になっていたことを示す証拠がある。

しかし、男性特有のY染色体は、女性とDNAを交換することなく、そのまま子に引き継がれるため、変異が起きても、それを修復することができない。

結果、X染色体が2000以上の遺伝子を持つのに対し、Y染色体が持つ遺伝子は200個以下である。Y染色体はどんどん「劣化」しているのだ。

この事実の示唆するところは、Y染色体はなくなる方向にあるということだ。もっとも、2012年にMITの研究チームが「Y染色体の縮小は太古に起こったことで、今は安定している」という説を発表しており、議論は定まっていない。

しかし、男性の方が女性より寿命が短かったり、免疫力が弱かったりするのは、女性のX染色体より男性のY染色体の方が、遺伝情報が少ないためであることは事実のようだ。

やはり生物の基本はメスであり、オスは子孫が様々な環境に適合できるよう、遺伝子に多様性を持たせる役割を負っているだけの存在なのである。旧約聖書はアダムの肋骨からイブが生まれたとするが、生物学的には誤りである。

原始的な生物はメスがメスを生む。女性の方が自然に近い形なのだ。確かに、Y染色体にあるSRY遺伝子が機能「する」と子は男性になり、「しない(=自然のまま)」と子は女性になる。

私は男性なので女性の気持ちは分からないのだが、例えば「おじさん」と「おばさん」を比べると、総じて「おじさん」は不機嫌で、「おばさん」は明るい。女性のほうが自然に近く、人生を楽しむ術を身に付けているのだろうか(突然、情緒的な話になりましたが・・・)

そういえば、自殺率も男性の方が有意に高く、これは日本だけでなく全世界的に共通の傾向である(警察庁発表の2017年データでは、男性の自殺率は女性の2.4倍)。

男女自殺率(2017年)
男女自殺率(2015年)
 
イタイ・ヤナイ
(NTT出版)

※「生きる意味」について進化生物学の視点から考える