【人事部長の教養100冊】
「般若心経」玄奘三蔵訳

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般若心経(表紙)

「般若心経」玄奘三蔵訳

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基本情報

初版   5~6世紀(インド)
難易度  ★★★☆☆
オススメ度★★★★★
ページ数 漢字262文字
所要時間 10分

どんな本?

大乗仏教の経典『大般若経』600巻のエッセンスを262文字に凝縮。釈迦が到達したとされる真理を含めて、それまでの仏教で信じられてきた教義を否定しまくるロックなお経。その破壊力は「東のニーチェ」といった趣。

何しろこれ一冊で仏教の神髄が理解できるのだから、読まない手はない。神を信仰して天国に行こうとするユダヤ教やキリスト教とは正反対に、「世の全ては空(くう)である」ことを体得することで人生の苦しみから逃れるという斬新なアプローチが展開される。Apple創業者のスティーブ・ジョブズが般若心経に影響を受けていたことは有名。

著者(般若心経)が言いたいこと

「完全なる智慧」から見れば、世の中のあらゆる現象や物質は実体を持たず、無限の関係性の中で絶えず変化するものであって、人間が持つ苦悩や災いなど、そもそも無い。だからあなたは苦しむ必要などないのだ。

般若心経とは

■正式名称は『般若波羅蜜多心経』で、(経験して体得できる)完全なる智慧という意味。

■成立は5〜6世紀のインドと考えられている。日本で最も知られている般若心経は、西遊記に出てくる玄奘三蔵(三蔵法師)が7世紀にインドから持ち帰った経典を訳したもの。

■日本では天台宗、真言宗、禅宗など主要な宗派で共通して読まれている。

■最大の特徴は、漢字262文字の中に、否定を表す「無」という漢字が21回も登場すること。既存の教義や価値観を否定しまくるという点では西のニーチェ、東の般若心経とも言える。

■なお、般若心経はApple創業者のスティーブ・ジョブズや、元ビートルズのジョン・レノンにも影響を与えた。

■ちなみに日本では般若というと、女性の嫉妬を表したお面が連想されるが、これは般若心経とは関係なく、単に般若坊という彫り師が彫ったためという説がある(あるいは、源氏物語の葵の上が六条御息所の嫉妬心に悩まされた時、般若心経を読んで退治したからという説もある)

こんな人におすすめ

人生が苦しいと感じる人、自分への執着をやめたい人、般若心経の意味を知りたい人

玄侑宗久
(ちくま新書)

※仏教の既存教義を否定しまくるロックなお経

般若心経の現代語訳

かんざいさつ ぎょうじんはんにゃみっ しょうけんうんかいくう いっさいやく

観音菩薩が「完全なる智慧」を体得しようと修行していた際、五蘊は「空(くう)」だと理解して、全ての苦しみと災いから解放された。

※行深=修行する、照見=理解する、度=超える、解放する

【五蘊(色・受・想・行・識)】
人間を構成する5つの要素のこと。①肉体、②生理的感覚、③理性的認識、④意志、⑤経験の蓄積。仏教ではこの5つが「たまたま」集まって自分が出来ていると考える。

【空(くう)】
あらゆる現象や物質は独立した実体を持たず、無限の関係性の中で絶えず変化するという世界観、あるいは世界全体のこと。
注)「空」は「何も存在しない」という意味ではありません!

しゃ しきくう くうしき しきそくくう くうそくしき じゅそうぎょうしきやくにょ  

シャーリプトラよ。あらゆるものは無限の関係性の中で絶えず変化しているのだから、「色」など無い。そして同時に、人間は「空」の一部を「色」として捉えているので、「色」はあるとも言える。

人間の肉体以外の「生理的感覚」「理性的認識」「意志」「経験の蓄積」も、絶えず変化しており実体が無いとも言えるし、これら4つは自分自身という実体そのものとも言える。

【色(しき)】
人間が認識できる現象や事物のこと。

【シャーリプトラ】
釈迦の一番弟子。般若心経は釈迦が弟子のシャーリプトラに語り掛けるという形式を取っている。

しゃ しょほうくうそう しょうめつ じょう ぞうげん

シャーリプトラよ。あらゆる現象や事物には実体がないのだ。生まれることもなければ減じることもない、汚れることもなければ浄らかになることもない、増えたり減ったりもしない。私たちがそう感じるのは、「空」を「色」として勝手に認識しているだけなのだ。

※諸法=宇宙にあるあらゆる現象や事物

くうちゅうしき じゅそうぎょうしき げんぜっしん しきしょうこうそくほう げんかいないしきかい

これゆえ、「空」の状態においては、「あらゆる現象や事物(実体)」「生理的感覚」「理性的認識」「意志」「経験の蓄積」もないのだ。眼も色も、耳も声も、鼻も香りも、舌も味も、体も感触も、意識も思いも、見えている世界から意識の世界まで、全て存在するようでいて、実際には存在しない。

しかし、「完全なる智慧」の境地まで達すると、存在するしないの二元論を超越して、それらを感じ取ることができるようになる。

※空中=「空」の状態において、「A 乃至 B」=AからBまで、AからついにBに至る

みょう やくみょうじん ないろう やくろうじん しゅうめつどう やくとく しょとく

無知は存在しない。それゆえ「十二縁起」によって無知が原因とされる老いや死も、存在しない。一方、無知は尽きることもない。よって同じく老いや死も、尽きることはない。

「四諦」で真理とされた人生における苦しみも、その原因も、それが無くなることも、それを無くす方法もない。

完全なる智慧(般若波羅蜜) は、本来智慧と名付けられるべきものでも、習得できるものでもない(ただ実践すべきものである)。

なぜなら、習得する対象が無いからだ。

【十二縁起(じゅうにえんぎ)】
釈尊が菩提樹の下で悟ったといわれる真理。老いや死という苦しみは、遡れば人間の無知に起因するので、無知が無くなれば、老いや死という苦しみもなくなるとする。

①無明(無知)→②行(能動性)→③識(識別)→④名色(名前と現象)→⑤六処(感受)→⑥触(接触)→⑦受(受容)→⑧愛(欲望)→ ⑨取 (執着)→⑩有(生存)→⑪生(誕生)→⑫老死(老いと死)

人事部長
人事部長

十二縁起の解釈は難解かつ多様で、色々と探してみましたが、少なくとも私のような一般人が「あ、そういうことか!」と腑に落ちるような分かりやすい解説は見当たりませんでした。

【四諦(したい)】
こちらも釈尊が菩提樹の下で、十二縁起とともに悟ったといわれる真理。
①苦諦(くたい):人生は苦である
②集諦 (じったい):人間の煩悩が苦を生む
③滅諦(めったい):よって煩悩を断ち、悟りの境地(涅槃)に至るべきだ
④道諦(どうたい):そのためには「八正道」の実践が必要だ

【八正道(はっしょうどう)】
涅槃に至るための8つの実践項目。
①正見(しょうけん):正しい世界観 (正しい四諦の理解)
②正思(しょうし):正しい思惟
③正語(しょうご):正しい言葉遣い
④正業(しょうごう):正しい行い
⑤正命(しょうみょう):正しい生活
⑥正精進(しょうしょうじん):正しい努力
⑦正念(しょうねん) 信念(貪りや憂いをなくす)
⑧正定(しょうじょう):正しい精神統一

だいさっ はんにゃみっ しんけい けい  おんいっさいてんどうそう きょうはん

悟りを求める者は、完全なる智慧(般若波羅蜜)を拠りどころにしているので、心には何の妨げも無く、妨げが無いから恐れも無く、一切の誤った考えから離れているので、全ての煩悩から解放されて心安らかになる悟りの境地(涅槃)に到達する。

さんしょぶつ はんにゃみっ とくのくさんみゃくさんだい

過去・現在・未来の仏たちは、完全なる智慧(般若波羅蜜)を拠りどころにしているから、この上なく正しい完全な悟りを得るのだ。

【阿耨多羅三藐三菩提】
アヌッタラ(この上ない)、サンミャク(正しく)、サンボーディ(完全な悟り)の音訳。日本語で「無上正等覚(むじょうしょうとうがく)」と訳されることもある。

 はんにゃみっ だいじんしゅ だいみょうしゅ じょうしゅ とうどうしゅ

だから、完全なる智慧(般若波羅蜜)が、大いなる計り知れない教えであり、大いなる悟りの教えであり、最高の教えであり、並ぶもののない教えであることを知るべきだ。

のうじょいっさい しんじつ せつはんにゃみっしゅ そくせつしゅわつ

完全なる智慧は、一切の苦しみを取り除くことができる、真実にして虚実ではない教えなのだ。だからその教えを説くのだ。ここで完全な智慧(般若波羅蜜) を完成させる呪文を紹介しよう。

ぎゃていぎゃていぎゃてい そうぎゃてい  はんにゃしんぎょう

行こう、行こう、彼岸へ行こう。彼岸に到達した者こそ悟りが開けるのだ。「智慧の完成についての最も肝要な教えを説いたお経」

学びのポイント

ヨーロッパ一神教と仏教の決定的差異

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多

観音菩薩が「完全なる智慧」を体得しようと修行していた

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のような一神教においては、絶対的な能力を持った唯一神を信仰し、来世に天国に行くことを望む。そして、世界は神によって創られたとし、人間を「理性的存在」として世界の最上位に置く。

確かに(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教共通の経典である)旧約聖書で、神は「海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべてを支配せよ」と人間に命じているし、カトリック教会が(ヒトは猿から進化したという)ダーウィンの進化論を認めたのは1996年になってからだ。

一方の仏教においては、釈迦は「神」ではない。釈迦が至ったとされる悟りの境地(涅槃)に到達するという信仰の実践により、人生の苦しみから逃れることを望む(もちろん、来世の幸せも望む)。

あらゆるものは変化するという「空」の観点から見れば、人間という存在は、全体の中でたまたま存在するに過ぎないし、人間に世界を把握することなど出来ないとする。

この両者の違いは、その後の哲学や科学技術の発展に大きく影響したと思われる。

西洋での典型はデカルトだろう。デカルトは「人間には生来的に、物事を正しく理解し、真偽を判断する能力が備わっている」と信じた。著書『方法序説』では、思考の出発点として、誰もが真実であると認められる「共通了解事項」を探したところ、それは「何かを疑っている私自身は、誰にも否定することはできない」という「真理」に至る。

デカルト
デカルト

仏教の立場ではこのような立場は認められない。世の中のあらゆる物質や事象は「空」という無限の関係性の中で絶えず変化しているのであって、「自分」などという絶対的な存在などあるわけがないとする。

デカルトの「理性万能主義」を修正し、西洋哲学が仏教に歩み寄るきっかけを作ったのは、次に紹介するカントであった。

カントが般若心経に歩み寄る

色不異空 空不異色 色即是空 空即是色

あらゆるものは無限の関係性の中で絶えず変化しているのだから、「色」など無い。そして同時に、人間は「空」の一部を「色」として捉えているので、「色」はあるとも言える。

これが般若心経の世界観であり、「人間が把握している『実体』というのは、『空』の一部を切り取った断面に過ぎない」と人間の認識の限界を指摘する。

この「人間は世界を認識できるのか」という命題は、近代ヨーロッパ哲学の主要テーマの一つでもあった。

大陸合理論(デカルト等):人間は理性によって真の世界を認識することが出来る。

イギリス経験論(ロック等):人間はそれまで経験した範囲内でしか世界は認識できない。

ドイツ観念論(カント等):人間は人間なりの方法で世界を認識しているにすぎない。

この中でカントは般若心経の「色不異空、空不異色」と同じことを主張している。

イマヌエル・カント

・人間は経験したことしか認識できない。

・しかし、数学や論理学など、経験に拠らず人類共通で認識できる対象もある。

・ただしどちらにしても、人間というフィルターを通った世界であって「真の世界」ではない。

・「真の世界」を人間が認識することは出来ない。人間が認識している世界が、人間にとっての世界そのものである。「人間はAという物体を認識する」のではなく「人間が認識したから物体はA」なのだ。

・つまり「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」のだ(←カントはこの逆転の発想を自身で「コペルニクス的転回」と呼んだ)

般若心経はこの先「だからあなたの抱えている悩みは相対的に小さいものだ」と人類の救済に向かうが、カントはヨーロッパの哲学者らしく「よって、人間の認識を超える「神の存在」「魂の不死」「宇宙の全体」といった問題は解決不可能である」と結論付けるに留まった。

人事部長のつぶやき

仏教による救いと太陽の寿命

般若心経は、「完全な智慧(般若波羅蜜)に達した観音菩薩が、呪文を唱えることを薦める」という体裁をとっている。

ここで登場したのは観音菩薩だったが、釈迦の次にブッダ(仏)となることが約束された弥勒菩薩は、釈迦の死後、56億7000万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされている。

弥勒菩薩

この56億7000万年という数字がどこから出てきたかと言えば、弥勒菩薩の寿命は4000年で、かつ弥勒菩薩のいる世界の1日は地上の400年なので、4000年×400年×12か月×30日=5億7600万。これが後々、56億7000万になったという説がある。

一方、太陽の寿命は約100億年で、誕生から約46億年経っているので、寿命は約54億年。つまり、太陽が消滅する頃、人々を救済するために弥勒菩薩がブッダとして現れるということになる。

偶然の一致ですが、なかなかロマンがありますね!

ジョン・レノン「Imagine」

本ページの冒頭で「般若心経には『無』という漢字が21回も登場すること」及び「元ビートルズのジョン・レノン」が般若心経に影響を受けたことを紹介した。

確かにジョン・レノンのソロ時代の代表作「Imagine」は、NoやNothingという否定を多用することで、既存の価値観に挑戦し、理想の平和な社会を築こうというメッセージを発信している。

ジョン・レノン

Imagine there’s no Heaven
It’s easy if you try
No Hell below us
Above us only sky

想像してごらんよ
天国も地獄も無い世界を
考えてみるだけさ
僕らの上には空しかないんだ

Imagine all the people
Living for today…

想像してごらんよ
みんなが今日という日を生きることを

Imagine there’s no countries
It isn’t hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too

想像してごらんよ、国なんて無い世界を
そんなに難しくないよ
殺す必要も死ぬ必要も無い
宗教も無い

Imagine all the people
Living life in peace

想像してごらんよ
みんなが平和に生きることを

You may say I’m a dreamer
But I’m not the only one
I hope someday you’ll join us
And the world will be as one

みんなは僕が理想主義者だというかもしれない
でも、理想を持っているのは僕だけじゃないはずだ
みんなが僕らの理想に賛同してくれるといいな
そうすれば世界は一つになれるよ

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man

想像してごらんよ
所有なんて概念の無い世界を
みんななら出来るんじゃないかな
欲張る必要も飢える必要もない
人間はみんな兄弟だ

Imagine all the people
Sharing all the world

想像してごらんよ
みんなが世界をシェアする姿を

(日本語訳:人事部長)

玄侑宗久
(ちくま新書)

※仏教の既存教義を否定しまくるロックなお経