【人事部長の教養100冊】「君たちはどう生きるか」吉野源三郎

君たちはどう生きるか

「君たちはどう生きるか」吉野源三郎

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基本情報

初版   1937年
出版社 岩波文庫、マガジンハウス、ポプラ社
難易度  ★★☆☆☆
オススメ度★★★★☆
ページ数 304ページ
所要時間 3時間30分

どんな本?

15歳の少年が、日常生活を通して「いかに生きるべきか」を考え、成長していく物語。少年の話を聞いた叔父が、ノートにアドバイス書き綴るという形式で話が進む。文学作品、倫理・哲学書、教養論のいずれの性格も持つ。

2017年には漫画化され、200万部を超える大ベストセラーとなった。

著者が伝えたいこと

人間は過去、数万年にわたって科学や文化を進歩させて積み上げてきた。だから、将来的には理性の力によって、貧富の差や戦争のない世界を創り出すことが出来る。

ただしそのためには、各人が自分自身で、何が正しく、何が善く、何が美しいのかを考え、真実を見極めなければならない。特に学業に集中できる立場にいる選ばれた人間は、自己を修養し、人類の進歩に積極的に貢献しなければならない。

著者

吉野源三郎(よしのげんざぶろう) 1899年-1981年

吉野源三郎

1925年東京帝国大学哲学科を卒業。陸軍及び東京大学図書館に勤務した後、35年に山本有三の「日本少国民文庫」編集主任に就任。37年岩波書店に入社。

同年、本書「君たちはどう生きるか」を発刊し、世間から評価を受ける。もともと「日本少国民文庫」の最終刊として山本有三が執筆する予定だったが、病気のため吉野が書いたとされている。

戦後は46年に創刊された総合雑誌「世界」の初代編集長として、護憲・反戦・平和運動に尽力した。1949年岩波書店取締役、50年同社常務取締役、65年同社顧問に就任。82歳で死去。

こんな人にオススメ

自我に目覚め始めた中学生、普段「思考」する時間の少ない大人達

書評

コペル君という旧制中学に通う比較的裕福な少年が、日常に起こる様々な出来事から、生き方について考えていく。取り上げられているテーマは大きく7つ(自我、正義、経済構造、貧富の差、社会貢献、過ちと後悔、人類の進歩)。

貧乏な人が苦労している、勇敢な人がいじめられた、といったエピソードが出てくるし、それに関係してコペル君は色々と考えたり悩んだりするものの、決してコペル君自身が苦労したりいじめられたりはしない。安全な場所から、形而上学的な思索に耽るという枠組みは、好き嫌いが分かれるかもしれない。

ただし、「叔父さん」によって展開される議論は地に足が付いており、実際の中学生でも理解できる内容になっている。

要約・あらすじ

1.変な経験

<コペル君の経験>
銀座のデパートの上から眼下を眺めると、無数の人がそれぞれの意志を持って動いている。それが分子の運動のように見えたし、自分もその分子の一つに過ぎないという不思議な感覚を持った。

<叔父さんからの手紙>
幼児は全て自分を中心に、世界を把握する。大人でも、損得が絡むと自分中心になる。人類は地球が宇宙の中心と考えたから、宇宙のことが分からなかった。しかし、自分も地球も、全体の中の一部なのだ。君はコペルニクスと同様、それに気付いた。だから君を「コペル君」と呼ぶことにする。

2.勇ましき友

<コペル君の経験>
貧しくて運動も勉強も冴えない友人が、クラスでいじめられていた。そこに、頑固者のためコペル君は敬遠していた北見君という友人が、いじめの張本人に殴りかかる事件が発生する。先生に真相を話すように言われても何も語らない北見君に、コペル君は親近感を覚えるようになった。

<叔父さんからの手紙>
君は修身の授業で色々な知識を学んだだろうが、「自分はどのような人間になりたいのか」については誰も教えてくれない。自分の体験から出発して、考えを深めるしかない。君がなぜ北見君の言動に心を動かされたのか、しっかり考えなくてはいけない。

3.ニュートンの林檎と粉ミルク

<コペル君の経験>
ニュートンの業績は、林檎の落下という簡単な事実から万有引力の法則を思いつき、それを苦労して証明したことだと聞いた。そこで僕は粉ミルクの缶から思いを馳せ、生産から販売に至るまで、実に多くの人にリレーされていることに気が付いた。やはり人間社会は無数の分子から成り立っているのだ。

<叔父さんからの手紙>
君が気付いたことは「生産関係」と呼ばれている。世界中の人々は、生産や交易を通じて、互いに協力しあっている。しかし社会は完成されているわけではなく、戦争や訴訟が現に起きている。人間が互いに尊重し、好意を尽くせるような人間関係こそ、素晴らしいと言えるだろう。

4.貧しき友

<コペル君の経験>
貧乏な豆腐屋の浦川君が風邪で休んだので様子を見に行くと、彼は店の手伝いをしていた。父親が田舎に借金の工面をしに行っているのだという。コペル君は授業の進捗を教え、浦川君は店の機会をコペル君に運転させてあげた。この件で二人の友情は深まった。

<叔父さんからの手紙>
世の中には貧富の差が存在する。貧しくとも誇り高く生きることはできるが、毎日が精一杯で、人類が営々と積み上げてきた学問や芸術に触れることができない。しかし、社会を支えている大半は貧しい人たちである。恵まれた境遇にいて、かつまだ何も生産していないコペル君は何をすべきだろうか。

5.ナポレオンと四人の少年

<コペル君の経験>
ある日、水谷君の姉がナポレオン戦争を持ち出して、命さえも投げうって戦いに向かう英雄的精神をコペル君達の前で賛美した。その後、北見君が「生意気だから」と先輩から殴られるかもしれないと聞き、コペル君・水谷君・浦川君はそうなったら自分達も出て行って殴られるという約束を交わした。

<叔父さんからの手紙>
ナポレオンは古い封建主義体制を打ち破り、文芸を保護し、法典を整備した。これは人類の進歩に役立った。しかし、イギリスを封鎖して欧州市民を苦しめたり、ロシア遠征で多くの命を無駄にした。ナポレオンは英雄だが、本当に評価されるのは進歩の流れに乗って行われた事業だけだ。

6.雪の日の出来事/7.石段の思い出

<コペル君の経験>
雪遊び中のトラブルから、ついに北見君が上級生から殴られた。水谷君と浦川君は約束通り、すぐに間に入って北見君を守った。しかし、コペル君は意気地がなく、その場に出ていくことが出来なかった。コペル君は強く後悔し、叔父さんからの勧めがあって北見君達に謝罪の手紙を書いた。

<叔父さんからの手紙>
自分が誤っていた時に素直にそれを認め、そのために苦しむということは、意味のあることだ。なぜなら、苦しみは「正しくありたい」という願いを持っていることの証拠だからだ。人間には自己決定権がある。だから過ちから立ち直ることが出来るはずだ。

8.凱旋

<コペル君の経験>
結果的に北見君・水谷君・浦川君は、コペル君のことを許してくれた。事件の後、3人の親が学校に怒鳴り込み、主犯格は停学3日となったのだそうだ。

<叔父さんからの手紙>
なし

9.水仙の芽とガンダーラの仏像

<コペル君の経験>
春を感じて庭いじりをしている最中、一本の草を見つけたので日の当たる場所へ移そうとした。しかしその根は30cm以上も伸びており、その端を見ると水仙の球根があった。地中深くから、太陽の光を感じ、逞しく地上まで這い出してきたのだ。コペル君はその生命力に驚嘆せざるを得なかった。

<叔父さんからの話>
コペル君は叔父さんから「アレクサンダー大王の遠征で東方に進出していたギリシャ人(の末裔)が、偶像崇拝の伝統が無かったインド人に代わって仏像を作った」ことを聞く。奈良の大仏も正倉院の宝物も、遥か遠いギリシャの影響がある。人類の進歩の歴史は、水仙のように力強いのだと、コペル君は考えた。

学びのポイント

著者が本書で主張したかったことのエッセンスは「人類はこれまでのように、今後も理想の世界に向かって進歩し続けられること」、そして「恵まれた環境にいるコペル君にはそれを果たす義務があること」の2点。以下、それぞれについて解説していく。

進歩主義 vs 保守主義

僕は、全ての人がお互いに良い友だちであるような、そういう世の中が来なければいけないと思います。人類は今まで進歩してきたのですから、きっと今にそういう世の中に行きつくだろうと思います。

そして僕は、それに役立つような人間になりたいと思います。

これは、本書の最後でコペル君が語った内容。すなわち「人間はここまで進歩してきたのだから、この先も理想の世界を作れるはずである」という人間の理性を前提とした「進歩主義」の考え方と言える。

それもそのはずで、作者の吉野源三郎は進歩的文化人の代表格であった。吉野が創刊した雑誌『世界』は、現在に至るまで、進歩主義・革新主義・左翼・リベラル・反米親中ロの雑誌として君臨している。

このあたりの政治用語は種類が多く、定義も曖昧なので、以下のように整理しておくと理解しやすい。

(1)進歩主義(革新主義) vs 保守主義

通常の解説では「保守主義=伝統を大切にする考え方」からスタートすることが多いが、まず「進歩主義」を定義する方が理解が早い。

進歩主義人間は理性的存在であるから、理想の世界を創り出せる(共産主義等)
保守主義そんなことはない

歩主義では「人間は理性的な存在であるから、各人が自由である権利を持ち、貧富の差のない平和な世界を目指せる」と考えるので、個人の自由はできるだけ尊重されるべきである反面、経済的には自由ではなく平等を志向するようになる。これが大枠としての「進歩主義vs保守主義」構図。

(2)リベラリズム vs リバタリアニズム vs 保守主義 vs コミュニタリアニズム

に、個人の自由と経済的自由に対する立場をそれぞれ分類すると、概ね政治的な立ち位置を定義することができる。ここでの「保守主義」は、(1)で解説した保守主義よりも意味が限定されていることにご留意いただきたい。

リベラリズム個人の自由は重視するが、経済的には平等を志向する(大きな政府)
リバタリアニズム個人の自由と経済の自由を志向する(小さな政府)
保守主義「個人の自由・平等」といったイデオロギーは重要視しない。社会の既存秩序を重んじ、例えば再分配よりも財政規律を重んじる。
コミュニタリアニズム個人より共同体を重視し、何が共同体にとって良いか(共通善)を志向する

そして、経済的に欧米は自由主義的、中ロは(理想とはだいぶ遠いが)共産主義的なので、リベラリズムは新中・親ロに傾きがちであるし、保守主義は親米・親欧に傾きがちになる。

ノブレス・オブリージュ

(叔父さんからの手紙)

世の中には貧富の差が存在する。貧しくとも誇り高く生きることはできるが、毎日が精一杯で、人類が営々と積み上げてきた学問や芸術に触れることができない。

しかし、社会を支えている大半は貧しい人たちである。恵まれた境遇にいて、かつまだ何も生産していないコペル君は何をすべきだろうか。

「4.貧しき友」より趣旨要約

戦前の「旧制中学校」の進学率は約7%であり、恵まれた境遇にいるコペル君に対して、叔父さんが「ノブレス・オブリージュ」について語っている。

ノブレス・オブリージュ(Noblesse Oblige)とは、文字通りの意味では「貴族の義務」、具体的には「身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある」という道徳律を指す言葉である。

普段、貴族階級なり武士階級は生産活動を行わず、生活は納税者である市民なり農民に依存している。その分、例えば戦争が起こった際には真っ先に戦わなければならない。現代でも、貴族階級や富裕層は社会の模範として、ボランティア活動や寄付でこの義務を果たすことが多い。

これは日本でも根付いている考え方であり、新渡戸稲造は著書『武士道』の中で、このように述べている。

新渡戸稲造
新渡戸稲造

武士道は一言でいえば「騎士道の規律」、武士階級の「高い身分に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)」である。

まだ中学生のコペル君に「貧富の差」という現実を突きつけるというのは、なかなか思い切ったことと言える。しかし、これは現代に至るまで大きな問題であり、現に貧富の差を示す「ジニ係数」は、各国で右肩上がりの状況である。

ジニ係数推移

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/01-01-03-01.html

人事部長のつぶやき

ガンダーラ美術

ガンダーラの仏像を作った人々は、相当長い間、東洋の空気を吸い、仏像の気分に浸っていたギリシャ人であった。

これは叔父さんがコペル君に語った内容。ギリシャ人が仏像に影響を与え、それが巡って日本の大仏にも影響していることを例に挙げ「学問や芸術に国境はない」ことを示した(これも、先に開設したとおり「進歩主義的」な考え方と言える)。

ガンダーラ地方はインドの西北、インダス川の上流域で現在は大部分がパキスタンの領土となっている。紀元前4世紀から始まるアレキサンダー大王による東方遠征で、多数のギリシャ人が同地域に流入した。

もともと仏教には偶像崇拝の習慣が無かったところ、ギリシャ彫刻の影響を受けて仏像の製作が開始されたと考えられている。確かに当時の仏像を見ると、顔のつくりは東洋的というより西洋的と言える。

世界史を勉強した人にとっては常識でしょうが、なかなか興味深いですよね

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