「武士道」新渡戸稲造

  難易度 ★★★☆☆
オススメ度 ★★★★★
 所要時間 2時間15分

「武士道」新渡戸稲造「日本と日本人」を考察する(by日本人)
この記事を書いた人
人事部長


一般企業に入社以来、経営・財務・営業・人事・海外事業・役員秘書等を経験し、現在は約30名の部下を持つ人事部門のマネージャです。

「才徳兼備」を目指す部下に紹介している「骨太の教養本100冊」を、順次web上にも公開しています。

慶應義塾大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院修了(MBA)、米国公認会計士。

「武士道」新渡戸稲造

基本情報

初版   1900年
出版社  PHP研究所
難易度  ★★★☆☆
オススメ度★★★★★
ページ数 文庫219ページ
所要時間 2時間15分

著者

新渡戸稲造(にとべいなぞう) 1862-1933

新渡戸稲造

新渡戸稲造

教育家。国際平和を主張し、日米親善に尽力した。東大教授・東京女子大初代学長・国際連盟事務次長。本人はキリスト教のクエーカー教徒。

こんな人におすすめ

グローバル社会において、日本人本来の「徳」や「精神」を理解したい人

作者が伝えたいこと

欧米のみなさん!日本にもしっかりした道徳観がありますから、対等に付き合ってくださいね!

一行紹介

明治の初め、外国人学者から「宗教教育のない日本でどうやって道徳教育が授けられるのか」と問われたことをきっかけに執筆した「日本の道徳」論。

背景解説

ペリー来航で開国した日本は、政治体制・経済体制・法体系等を整備し、近代化の歩みを始めるが、欧米列強からは劣等国として不平等条約を結ばされる。

新渡戸は日本が日清戦争に勝利し、まさに「坂の上の雲」を掴もうとしている1900年に本書を英語で発刊し、日本にも欧米同様の高い道徳性や倫理観があることを示した。

内村鑑三「代表的日本人」岡倉天心の「茶の本」も同様に、日本の高い文化を海外に示すためのものだった。なお、新渡戸と内村は札幌農学校の同窓生で、ともにキリスト教徒。

なお、不平等条約の改正は、陸奥宗光外相・小村寿太郎外相の努力などもあり、1911年までに実現していくことになる。

要約・あらすじ

■日本には宗教はないが「武士道」という不文法の道徳体系がある。中でも名誉(恥ずべき言動をしない)と忠義(主君への忠誠心)を重視する。

■武士の教育では人格形成が重視され、弁舌などの技術的な才能や、客観的真理を追うようなことは軽視された。商売や金勘定も卑しいとされたため、経済や数学も学ばなかった。

■武士は少年の頃から帯刀し、それが自尊と責任の感情を生んだ。武士道の究極の理想は平和にあり、自刀の乱用は戒められ、嫌悪された。

■日本の武士道は欧州の騎士道と対比できる。武士道はそのくらい気高い道徳体系ではあるが、昨今では功利主義・唯物主義が蔓延り、武士道の伝統は消えつつある。

学びのポイント

■まさに本サイトがテーマとしている「才<徳」の議論欧米的な「才」の権化ともいえる金融資本主義が煮詰まり、ピケティが指摘するように「格差」が拡大する中、日本人的な「徳」の重要性を再認識できる。

日本人としてなんだかほっとする、居心地の良い場所に帰ってきたような読後感。

■基本的に日本人の「良い」点が列記されているが、何も考えずに読むと日本人礼賛論のようにも見えてしまうので注意。例えば武士が名誉を重んじることを持ち上げているが、根っこの部分では恥を極端に恐れることに起因していたりする。

ちなみに「日本は恥の文化、欧米は罪の文化」と指摘したのは「菊と刀」の著書であるR.ベネディクト。日本人が大切にする「名誉」は他者から見て恥ずかしいことをしないということだし、「忠義」も主君という他者が存在する。日本人の考え方はこの「他者」に依存する相対的なものだとする。

たしかに、あれだけ鬼畜米英といっていた日本人が、天皇陛下の玉音放送を聞いた瞬間に(概ね)アメリカに対して従順になった。例えばイスラム原理主義では、このようなことは起こらないだろう。確かに日本人の思想の根本は相対的で、危ういのかもしれない。

■当時、海外から「野蛮」と見られていた切腹については「単なる自殺の手段ではなく、法律上ならびに礼法上の一つの制度だった。」と、裁判で死刑を下されて自死したソクラテスの例に比定して説明している。

欧米での事例をもとに、自国の文化や慣習を説明するという手法は、もちろん現在でも効果的だろう。なお、新渡戸はクエーカー教徒だが、キリスト教と武士道を直接比較する記述は(全くないわけではないが)それほど多くない。

当時の女性の地位については「女性は自己犠牲を教えられ、彼女の一生は独立したものではなく、(夫や子に)従事し奉仕する生涯だった」と述べているが、ここでも「女が男の奴隷でなかったことは、彼女の夫が封建君主の奴隷でなかったことと同じである」と、欧米人でも理解できる封建制を引き合いに出して理解を求めている。

新渡戸は「花」で日本(桜)と欧州(薔薇)を比較している。これも見方によっては「日本を欧州と同じ土俵で論じたい」と無理をしたとも見えるが、日本人としては「その通り!」と言えるような比喩ではないだろうか。

桜は、日本が国民国家としてのアイデンティティを醸成していく上で、その後も欠かせない要素だったように思う(大東亜戦争中好んでうたわれた「同期の桜」など)

欧州=薔薇=甘美の下に棘を隠し、華美な色彩と濃厚な香気を持ち、しばしば枝上に朽ちる。生への執着としての象徴。
日本=桜=その美の下に刃も毒も持たず、色は華美でなく、香気は淡く、潔く散る。死をものともしない武士道精神の象徴。

人事部長のつぶやき

ちょっと頑張りすぎ?

本書の中には、その目的から、欧米の哲学者・歴史家・作家等の引用が多用されています(特にシェイクスピアが多い)。

現代から見ると、「あなた方の文化を理解していますよ」というアピールが過ぎるようにも感じられますが、欧米に追いつき追い越せの明治初期であれば、致し方ない面があったかも。

ジャパニーズ スマイル

日本人は海外の人からよく「どんな試練の時でも不敵な笑みをたたえる」と言われ、これを「Japanese Smile」と呼んだりします。

本書ではこのJapanese Smileについて「笑いは逆境によって乱された心の平衡を回復しようとする努力を隠す幕だからである。それは、悲しみや怒りの均衡をとるためのものである」と解説されています。

一日本人の実感としては、不敵な笑みをたたえているつもりは(少なくとも私には)ないですが、欧米人と比べると、感情をストレートに表に出さないという傾向があるようには思えますよね。

女性について

新渡戸は女性について「人類の半分を占める女性は、よく矛盾の典型を呼ばれてきた。その理由は、「女性の直観的な感性」は「男性の算術的な知力」による理解の範囲を超えるからである。(中略)女性の身体の魅力と繊細な思考は、男性の雑な心理能力では説明できないことだからである」と述べています。

このジェンダーフリーのご時世、もろ手を挙げて賛意を示すのは憚られますが、現在でも直観的に同意できるのではないでしょうか。新渡戸の認識は、概ね現代の脳科学や心理学も支持するところです。

また、欧米人が自分の妻をほめそやす一方、日本人は「愚妻」などと呼ぶのは、欧米は個人主義で夫婦といえども違う個体であることが前提で、日本は夫婦一体と考えるから、という説明もあります。

確かに自分のことをほめそやす人はおらず、「日本は夫婦一体」というのは日本人の感覚と合っているように思えますが、皆さんはどう思われますでしょうか。

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