「孫子」孫武
基本情報
初版 紀元前500年頃
出版社 角川ビギナーズ・クラシックス
難易度 ★★☆☆☆
オススメ度★★★☆☆
ページ数 271ページ
所要時間 3時間00分
どんな本?
クラウゼヴィッツ『戦争論』と並ぶ兵法書の最高峰。世界最古にして世界最強の異名をとる。戦いに勝つには、あるいは負けないためにはどうするべきかが端的に書かれているが、単なる戦争論ではなく、深い洞察に基づいた人間論に仕上がっている。
原文はわずか6,000字に過ぎないが、2500年以上の時を超え、ビル・ゲイツや孫正義も愛読。武田信玄の「風林火山」も、出典は本書。日本人が弱いとされている「戦略」に関する教科書として、現代のマネジメントに活かしたい人には最適の一冊。
著者が伝えたいこと
戦争の本質は、情勢分析と詭道(だまし討ち)である。戦い方を知っている人だけが、思い通りに事を進められる。
自軍と敵軍の状況を的確に分析・比較すれば、事前に勝敗は分かる。また、戦うにしても、戦争は莫大なコストがかかるため、その後の国家運営を考えれば、自軍の損害は最小化すべきである。そのためには詭道を駆使することを避けて通れない。
著者
孫武
BC544? – BC496 or 470
中国、春秋時代の兵法家。兵法の祖といわれる。若年から兵書に親しみ、古代の用兵策略を研究。呉王闔廬(こうりょ)に仕え、呉の対外戦争の教訓をもとに、非戦の発想、防御重視、短期決戦主義、スパイの重要視など、体系的な軍事思想を樹立した。
こんな人におすすめ
戦争の知見を現代のマネジメントに活かしたい人、兵法の古典中の古典に関心のある人。
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要約・あらすじ
※『孫子』は「計篇」から「用間篇」までの計13篇で構成されています。
※重要な論点は繰り返し出てくるため、以下の要約でも一部重複が発生しています。
第1編「計篇」~無計画の行動に勝算は無い~
■戦争前に「五事七計」を検討すれば、勝敗はおのずと明らかになる。無計画の行動に勝算はない。
【五事】
①道:国民を大切にする政治
②天:自然条件(天候・明暗など)
③地:地形条件
④将:将軍の能力
⑤法:法律・規則
【七計】
①主:君主はどちらが優秀か
②将:将軍はどちらが優秀か
③天地:自然・地形条件はどちらが有利か
④法令:法律・規則はどちらが守られているか
⑤兵衆:軍隊はどちらが強いか
⑥士卒:個々の兵隊はどちらが強いか
⑦賞罰:信賞必罰が徹底されているか
第2篇「作戦篇」、第3篇「謀攻篇」~どう勝つかが問題~
■戦争は長期戦になってはいけない。物質的コスト(戦費・食料・武器等)が莫大だからだ。食料や武器は侵略した現地で調達すべきである。
■争うにしても、自国の損害を最小化しなければいけない。そのためには、そもそも戦争などしない方がいい。百戦百勝は必ずしも褒められない。
■戦争の在り方として好ましいのは、謀(謀略を未然に打ち破る)>交(敵国と同盟国の外交関係を分断する)>兵(軍隊同士で戦う)>城(相手の城を攻める)の順である。
■敵と自軍の状況を事前にしっかり把握できれば、百回戦っても負けることはない。
第4篇「計篇」~定量化して考えよ~
■以下5つの計量的視点を持てば、自軍の勝敗は事前に予測できる。
①度:戦場の地形を測定する
②量:投入する物量を決める
③数:投入する兵の数を決める
④称:敵と味方の兵力数を比較する
⑤勝:戦闘形態を定めて勝算を確定する
第5篇「勢篇」~集団には「勢い」も重要~
■大軍を統率するには、部隊の編成を明確にし、指揮命令系統を確立しなければならない。
■作戦・兵力・兵站などの要素も大切だが、兵隊個々の士気や、軍隊全体としてのエネルギーを溜め、どこで一気に放出するかという「気」と「勢」も勝敗を左右する。
■勝敗は軍隊全体の勢いで決まるもので、特定の人物の力量には拠らない。
第6篇「虚実篇」~常に変化し、実情を敵に晒すな~
■自軍は動きや陣形を悟られない「無形」であることが理想だ。そうすれば、敵は兵力を分散させざるを得ず、自軍は兵力を集中できる。一方で、敵軍の状況は常に把握して弱点を突き、主導権を握るべきだ。
■また、正攻法だけではなく奇策も考慮すべきだ。例えば偽りの陣形で敵を騙したり、金品や美女で敵を欺いたりすることである。
第7篇「軍争篇」~一体となった動きで、機先を制する~
■戦争を決意した後の戦い方も大切である。特に、①情報戦を制すること(外交情報や地理情報)②状況に応じて風林火山のごとく柔軟に軍を運用すること③自軍の「気力」を充実させること、である。
第8篇「九変篇」~リーダーにはバランス感が必要~
■戦のリーダーには大局観とバランス感が求められる。強引さと慎重さ、資源の投入タイミング、感情のコントロール、清濁併せ呑む度量、部下への厳しさと思いやりなど、全てを冷静に考慮しなければならない。
第9~12篇「行軍・地形・九地・火攻篇」~戦闘は騙し合い~
■戦場ではあらゆる情報を分析し、活用すべきだ。木々・鳥獣の動きや砂ぼこりの立ち方で、敵の動きも予測が付く。また、使節の態度で、敵の実情も知れる。ただし、戦争の本質は詭道(だまし討ち)であるから、全ての情報には何らかの策略が含まれていると考えた方が良い。
■そして、当然こちらも詭道を駆使すべきだ。敵が大軍でも、敵の重要資源(穀倉地帯、首都、基地、要衝地形など)を奪取するように見せかければ、敵は戦力を分散させるだろう。また、こちらの戦力を弱々しく見せておき、後から豹変して素早く行動すれば、敵はその変化に対応できないだろう。
■君主の一時的な怒りや恨みで開戦してはならない。利益に叶い、勝利できるという確信があれば開戦すれば良い。
第13篇「用間篇」~情報戦も大切~
■戦争は国家を疲弊させる。開戦するにしても、君主はスパイも活用した冷静な情勢分析により、事前に勝敗を予測しなければならない。
■スパイは過酷な任務のため、特に重用し、慈しみを持って接する必要がある。一方、情報漏えいなどがあれば、厳しく罰するべきだ。
学びのポイント
孫子の基本的な立ち位置
(1)兵法書としての立ち位置
戦争前には「五事」を分析し、勝利の見込みがあるか検討しなくてはいけない。
①道:国民を大切にする政治
②天:自然条件(天候・明暗など)
③地:地形条件
④将:将軍の能力
⑤法:法律・規則
『孫子』の後も、中国では多くの兵法書が出版されているが、どれも孫子の言い換えや敷衍に過ぎず、最終的に『孫子』(と『兵法三十六計』)しか後世には残らなかった。東洋の兵法書といえば『孫子』と言って差し支えない。
『孫子』出版のおよそ2300年後に、プロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』が出版される。東の『孫子』、西の『戦争論』と評されることもある名著だが、そもそも2300年の時を超えて双璧とされるあたりは、『孫子』がいかに優れた書物であるかを物語る。
ちなみに『戦争論』における戦略の5要素は「戦力の数量・割合、作戦の計算、地理的要素、物資の補給、精神的要素」で、孫子の「五事」と似通っている。
なお、『戦争論』は、具体的な戦略・戦術のほか、戦争自体を観念的・抽象論的に考察し、現在の政治学・安全保障・軍事・戦争研究などに大きく影響を与えたことが評価されている。
(2)諸子百家としての立ち位置
(五事のうち)「将」とは軍を統括する将軍の能力で、智(智恵)、信(信頼)、仁(思いやり)、勇(勇気)、厳(厳格)の五つ。
「法」とは、曲制(軍隊の構成や指揮系統などのきまり)、官道(組織の上下や賞罰に関するきまり)、主用(主軍の軍需品や食糧に関するきまり)、すなわち軍を運営するための各種の規則である。
『孫子』の諸子百家の中での立ち位置を見ると、軍のリーダー個人には儒家的な人格・道徳を求め、国家や社会全体には法家的な規律・規則を求めている。
そもそも「戦争」という超現実的な問題を扱っているので、道家や墨家のような形而上学的、理想論的な考え方とは相容れない(参考として諸子百家の思想を以下に列記します)。
仁(愛と思いやり)と礼(社会規範)で民衆を啓蒙し、徳で国を治めよう。
世の中は凡人で出来ているのだから、仁や礼は意味をなさない。法律と術数で、厳格に国を治めよう。
儒家も法家も考え方が人為的すぎる。この世の大きな原理・原則に従い、自然のあるがままに生きよう。
家族や主君を特別視するのではなく、兼愛交利(無差別の愛と相互扶助)の精神で戦争を避けよう。
事前に(ほぼ)勝敗は決まっている
事前の図上演習の段階で勝算が多い者は実際の戦闘においても勝利し、勝算が少ない者は勝つことができない。ましてや勝算がまったくない者においてはなおさらである。私はこの方法で分析するので、勝敗は事前に自ずから明らかになるのである。
敵の実情を知り、また自軍の実態を知る。そうすれば、百たび戦っても危ういことはない。また敵の実態については充分な情報が得られなかった、しかし自軍の実態については充分把握していた、このような場合は、勝ったり負けたりとなる。敵を
知らずまた己をも知らないということでは、戦うたびに身を危険にさらすことになる。
約2500年前、孫子はこう言った。「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」という格言として、古から知られている。しかし、この教えを守らずに、自ら破滅の道を歩んだ国がある。それは日本である。
太平洋戦争前、首相直轄の「総力戦研究所」は、対英米戦のシミュレーションで以下のように日本必敗を結論付けていた。
昭和16年12月中旬、奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、物量において劣勢な日本の勝機はない。
戦争は長期戦になり、結局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから、日米開戦は何としても避けねばならない。
しかし、この答申を受けた当時の東條陸軍大臣は、以下のようにコメントしたという。
諸君の研究の労を多とするが、これはあくまでも机上の演習であって、実際の戦争というものは、君たちの考えているようなものではない。
日露戦争でわが大日本帝国は勝てるとは思わなかった。しかし、勝った。あの当時も列強による三国干渉で、止むにやまれず帝国は立ち上がったのであって、勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。
戦というものは、計画通りにいかない。意外裡なことが勝利に繋がっていく。従って、君たちの考えていることは、机上の空論とは言わないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものを考慮していない。
この「意外裡の要素」は、日本に働くかアメリカに働くか分からないのであるから、要素の一つに入れてはいけない。孫子の「五事七計」にも当然ながら入っていない。当時の日本は日米の工業力・軍事力・資源力の差などを認識していたにもかかわらず、正しい判断ができなかった。
「敵の実情と自軍の実情を知っていたのに、敗れた」というのは、孫子も想定していない。日本は、2500年前に指摘されていた普遍的な原則すら、理解できていなかった。学問とは何か、歴史を学ぶとは何かを改めて考えさせられる。
このあたりの事情は、元東京都知事でもある猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』に詳しいので、ご関心のある方は是非!
軍の意見にも耳を傾けるべし
戦争の原則に照らして必ず勝てる見込みがあれば、たとえ主君が戦ってはならないと言っても、戦ってよろしい。
戦争の原則に照らして勝てる見込みがないときには、たとえ主君が必ず戦えと言っても、戦ってはならない。
約2500年前、孫子はこう言った。しかし、この教えを守らずに、自ら破滅の道を歩んだ国がある。またまた、それは日本である。
太平洋戦争前、「主君」と「将軍」は以下のような態度であった。
【天皇陛下】
戦争は回避したい。
【海軍】
戦争は回避したい。やっても短期決戦。
【陸軍】
アメリカの求める中国からの撤兵などあり得ない。これまで中国大陸で多数の英霊が亡くなった。戦争賛成!(ただし対英米戦の主力は海軍なので、自分たちはほぼ出番なし)
つまり、主君も将軍(対英米戦の主力である海軍)も、開戦には消極的であったのに、開戦どころか、短期決戦の望みが消えても、原爆投下まで戦争を続けてしまった。
「主君も将軍も戦争を望んでいないのに、開戦した」というのは、これまた孫子は想定していない。ここでもまた日本は、2500年前に指摘されていた普遍的な原則すら、理解できていなかった。やはり、学問とは何か、歴史を学ぶとは何かを改めて考えさせられる。
特に陸軍の主張は、「サンクコスト(埋没費用)」に固執した典型例として、日本人は記憶に留めておかなければならないだろう。
大東亜戦争前、アメリカは蒋介石政権をバックアップする立場から、日本に「支邦撤兵」を要求していた。しかし陸軍は、満州進出以来の「戦果」を清算するなど考えられなかった。東條陸軍大臣は「支那大陸で生命を捧げた尊い英霊に対し、申し訳が立たない」という趣旨の内容を閣議で発言している。
しかし、日清・日露以来の英霊20万人は、日本が満州から撤退しようがしまいが、返ってこない。英霊には大変失礼な言いまわしだが、それはサンクコストなのである。日本がアメリカと戦争した場合にどうなるかを、冷静に考えなければならなかった。
軍隊は水のように柔軟であれ
そもそも軍隊の形は水の姿を理想とする。水の流れというものは、高い所を避けて低い所へと向かっていく。軍隊も、敵の「実」(充実した陣)を避け、「虚」(手薄な陣)を撃つべきである。水は地形に即して流れを決め、軍隊は敵の実情に応じて勝ちを制するのである。
だから軍隊には不動の形勢というものはなく、水にも常なる形はない。すべては敵の変化に自在に対応して勝利を収めるのである。
柔軟性を表す際に「水」という比喩はよく使われる。孫子の表現は、それ以前に書かれた(と思われる)老子の影響を受けているのであろう。
最上の善は、水のようだ。水は万物に利益を与えるばかりで万物と争うことはない。みなが忌み嫌う低い所にいる。これこそ理想のあり方に近い(老子第八章)
天下の万物で、水よりも柔弱なものはない。ところが、堅くて強いものが水に挑んでも、勝つことはできない(老子第七十八章)
ちなみに「最上の善は、水のようだ」は、原文では「上善如水」となっており、同名の日本酒を居酒屋でご覧になったことがあるかもしれない。「最高の生き方は水のよう」「水のようにピュアな日本酒」がキャッチフレーズとなっている。
リーダーに必要な大局観・バランス感
リーダーには、五つのタブーがある。
①はじめから生きて帰らぬ覚悟の蛮勇は殺される。
②勝利よりも生きることに執着すれば捕虜となる。
③怒りに任せた拙速な行動は侮られる。
④度を過ぎた清廉潔白さは、それを逆手に取られて辱めを受ける。
⑤民への慈しみの気持ちが過ぎれば戦闘に専念できない。
蛮勇、生への執着、怒りのパワー、清廉潔白さ、慈しみは、どれもリーダーに必要な要素ではあるが、そのバランスが大切だということだろう。これは現代のビジネスパーソンにもそのまま当てはまるのではないだろうか。
①強引さだけではダメ。
②保身に執着してはダメ。
③怒りに任せても部下に蔑まれるだけでダメ。冷静沈着さも必要。
④理想論だけではダメ。清濁併せ呑まないとダメ。
⑤部下には優しいだけではダメ。時には厳しさも必要。
人事部長のつぶやき
「風林火山」には続きがある
その疾(はや)きこと風のごとく
其疾如風その徐(しずか)なること林のごとく
其徐如林侵掠(しんりゃく)すること火のごとく
侵掠如火動かざること山のごとく
不動如山知りがたきこと陰のごとく
難知如陰動くこと雷霆(らいてい)のごとし
動如雷霆
武田信玄が軍旗にこの一節を書かせたとして、「風林火山」と言えば信玄というくらい広く知られています(※後代の創作ではないかという説もあるそうです)。
ちなみに「風林火山」にはその先があり、「陰のように実態をわかりにくくし、雷の震うように激動せよ」と書かれています。信玄がなぜ、この部分を省略したかは分かっていません。雑学として!
参考(クラウゼヴィッツ『戦争論』の要点)
【戦争の検討】
目的、目標、軍事行動
【戦争に影響を与える要素】
政府の目的、軍隊の才能、国民の支持
【目的達成の手法】
敵戦力の撃滅、講和条約の締結、防御
【敵戦力の撃滅からくる相互作用】
暴力の応酬、恐怖の増幅、力の増大
【戦略の5要素】
戦力の数量・割合、作戦の計算、地理的要素、物資の補給、精神的要素
【戦争の体系】
戦争=戦略=戦闘=戦術
【戦略を有利にする要素】
地の利、奇襲、包囲作戦、軍事施設の利用、国民の支援、精神の力