「学問のすすめ」福澤諭吉
基本情報
初版 1872年
出版社 ちくま新書など
難易度 ★★☆☆☆
オススメ度★★★★★
ページ数 251ページ
所要時間 3時間00分
どんな本?
長く続いた封建社会と儒教思想から脱し、近代民主主義国家に相応しい市民への意識改革を促す大ベストセラー啓蒙書。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」というフレーズで有名。
「本当に頭の良い人が書いた本」の典型。論旨明快、比喩も適切。明治維新を支えた思想的背景の神髄を3時間程度の読書で理解できる卓越した名著。慶應受験者はもちろん、教養を志す全ての人にとって「学問のすすめ」「文明論之概略」「福翁自伝」の3冊は特に必読。
著者が伝えたいこと
時代は変わった。日本は古臭い儒教思想や慣習を捨て、西洋に学び、社会契約を基礎とした法治国家を打ち立て、独立を守らなければならない。
そのためには、各個人も旧習を捨て、学問をしなければならない。人と交わり、様々な事物に関心を持ち、議論を交わし、自由に財産や地位を追求できる環境の中でこそ、社会は発展していくのだ。
著者
福澤諭吉 1835-1901
幕末~明治期の啓蒙思想家・教育家。豊前中津藩士。蘭学を緒方洪庵に学び、江戸に蘭学塾(のちの慶応義塾)を開設。
明治維新では「幕府の旧態依然とした封建制度はイヤ」「でも対抗勢力は攘夷の傾向が強すぎてこれもイヤ」「どちらかに与して当たって砕けるのもイヤ」という態度を表明し、中立を貫いた。
結果、三度も幕府遣外使節に随行して欧米を視察するも、新政府の招きには応じず、独自の教育と啓蒙活動に専念した。
こんな人におすすめ
福澤諭吉に関心のある人。明治日本人の大局観と人間観に触れたい人。
書評
前半では蒙昧な日本からの脱却を大所高所から論じ、後半では個人としてのあるべき姿を論じている。様々な場所での講演や寄稿を集めたものなので、どこから読んでも構わない。2~3時間で一気に読める。とにかく全日本人にオススメ。
要約・あらすじ
初編 学問には目的がある
■人間は生まれながらに平等と言われている。しかし、能力・貧富・社会的身分には、れっきとした差がある。この差を生み出すのは学問の有無である。
■時代は変わった。幕府時代の身分制度や古い慣習からは速やかに脱し、天の道理に従って学問に努め、それぞれの社会的役割にふさわしい知識や人間性を備えて国を発展させ、独立を守らなければならない。
第2編 人間の権理とは何か
■人間同士と同じように、政府と人民も対等であるべきだ。政府は法を作り治安を維持する。人民は法律を守り納税する。それは政府と人民の契約である。
■しかし、人民側が愚鈍な場合、政府は威圧的・暴力的にならざるを得ない。それを避けるには、学問を通じて才能や人間性を高め、政府と同等の地位に上らなければならない。
第3編 愛国心のあり方
■人民同士、そして人民と政府と同様に、国と国も対等であるが、そのためには国民に独立心が必要だ。少数の人間が多数を支配するような国では、多数側は政府に依存し、主体性を失う。それでは外国との争いに勝てない。人民には、自由に暮らす権理と同時に、独立の気概を持ち、国を守る義務を果たさねばならない。
■個人のレベルでも同様である。本来、裕福で力のある欧米人とも対等であるべきだが、江戸時代に武士や幕府に従順であり続けた人々は腹の底まで腐っていて、依存心が強く、卑屈である。これは改めなければならない。
第4編 国民の気風が国を作る
■明治なって政府は変わったが、国民の頑迷で卑屈な気風は依然としてと変わらない。日本には政府はあるが、いまだ国民がいないのだ。
■しかし、国民の先頭に立つべき洋学者が、やたらと官職を得たがる。官にできることは命令することだけなのだから、我々(慶應義塾の洋学者)は民間の立場で学術を広め、経済活動をし、法律を論じ、政府を批判して人々に手本を見せるべきだ。こうして初めて、上は威張り、下は卑屈になるという旧来の気風も消滅する。
第5編 国をリードする人材とは
■室町・江戸幕府は人々を力で支配して恐れられ、明治政府は人々を知恵と組織力でリードして拝まれている。いずれにしてもお上は遠い存在で、人々に独立の気概はない。しかし、文明を行うのは民間の人民であり、それを保護するのが政府である。
■日本は古来から独立を守っているが、それは外国との争いが無かっただけである。民間は文明を押し進め、政府と助け合い、日本の国力を増して、今の薄弱な独立を不動の独立へ変えていかねばならない。
第6編 文明社会と法の精神
■国家とは人々の契約によって成り立つものだ。国民は一人では自身の安全や財産を守ることができない。そこで法律を作り、治安を維持する仕事を国家に委任するのだ。
■国家の作る法律は自分たちで作ったものと言えるのだから、人々は法を順守しなければならない。法を無視して仇討ちした「忠臣蔵」は誤りである。
第7編 国民の二つの役目
■国民には、政府の保護下にある「客」という立場と、政府を作って法を決める「主人」の2つの役割がある。客としては法律を遵守し、主人としては納税義務を果たす。
■しかし政府が機能しない場合は、盲目的に政府に従うのでもなく、内戦を引き起こすでもなく、正しい道理を唱えて政府に訴えることが必要である。
第8編 男女間の不合理、親子間の不条理
■人間には生来的に自由に生きる権利がある。歴史的に女性の権利は制限されてきたが、それは天の道理に背くものだ。
■また、親子にも厳格な上下関係が適用されてきた。確かに親孝行は大切ではあるが、姑が嫁をいびるような人間関係はやはり天の道理に背くものだ。
第9編 よりレベルの高い学問
■人間は衣食を満足させて一生を終えるだけでは足りない。土地や財産を子供に相続するだけでも足りない。世の中に貢献し、自分の生まれたときより文明を高めて後世につなぐことが、人の生きる意味だ。
■現在は文明の急激な発展期にある。学問をし、文明の発展に寄与する良いチャンスなのである。
第10編 学問にかかる期待
■現在の日本には「文明」は無い。学術・軍隊・精神全てにおいて西洋に負けている。政府も民間も外国人を雇い、頼っているが、これを続けるわけにはいかない。
■江戸時代と異なり、今は自由に学問・経済・出版などで活動できる。これらの活動は国内の仲間と争うものではなく、諸外国との競争の中で日本が独立を守り抜くためのものだ。日本は早く外国への依存を脱し、真の独立を果たさねばならない。
第11編 美しいタテマエに潜む害悪
■政府と国民は親子ではない。よって、情愛を関係の基本には出来ない。古来、中国では聡明な君主が蒙昧な人民を支配するという構図があったが、結局外国の支配に屈している。非常に愚かである。
■専制や抑圧で国民を支配しようとしても、国民は抜け道を探すだけだ。国と国民は法律に定められた対等な関係でなければいけない。
第12編 品格を高める
■人間の見識や品格は、読書や深遠な議論だけでは身に付かない。学問をして自己満足に陥いるのではなく、学問を実際の社会に活用していくことが必要だ。
■これは国家も同様である。インドやトルコはそれぞれ名高い文明国・武勇国だったが、自国内を統治して満足しており、実際の社会、具体的には諸外国を分析しなかった。その結果が、いまの両国の姿である。
第13編 怨望は最大の悪徳
■人間社会における最大の害は「怨望(他人の幸福をねたんだり、うらむこと)」である。怨望は社会全体の幸福度を下げるだけで、何も生み出さない。
■怨望は、言論や行動の自由が奪われた時に発生する。だから日本は早く旧習から脱し、誰もが自由に論じ、自由に財産や社会的地位を追求できる社会としていくべきだ。
第14編 人生設計の技術
■人間は思いのほか愚かであるから、常に自省し、「自分は何事を為したか、今は何事を為しているか、今後は何事を為すべきか」を点検しなければならない。
■保護と指図は表裏一体であるべきだ。国で例えれば、国民は税金を出して国の財政を保護し、同時に政治に参画して指図する。国は政治で国民を保護し、同時に法律を守るように指図する。双方がずれると、専制政治になったり、国民が堕落したりする。
第15編 判断力の鍛え方
■西洋では自然科学でも文化でも、肯定論から反対論まで常に多種多様な議論が交わされ、その過程で事物の真理に辿り着いていく。天動説を疑って地動説に達したのが典型だ。
■事物の真偽を判断する力を養うのは学問だ。ただし、西洋文明を盲信すればよいという話ではない。東西の事物をよく比較し、何が正しいのかを適切に判断していかなければならない。
第16編 正しい実行力をつける
■「心」と「働き」はどちらも大切だ。高い志を持つからこそ、良い仕事ができる。物事の軽重を知る見通しがあるからこそ、重要なことを為すことができる。TPOを弁える心の賢さがあるからこそ、最適な行動を取ることができる。
■世の中には不平家が多い。これは心ばかりが高尚で、働きが伴わないからだ。自分は評価されていない、誰も敬ってくれないと、不満ばかりを募らせる。他人の仕事が劣っているように見えたら、自分でやってみるがいい。自分勝手な理想像を基準にすると、人に嫌われ、孤独で苦しくなるのだ。
第17編 人望と人付き合い
■人望がない者は社会で何の役にも立たない。人望とは実際の力量で得られるものではなく、ただ、その人の活発な知性の働きと、正直な心という徳をもって、次第に獲得していくものだ。
■正しく自己アピールし、人望を得るには、①考えを正確・明確に伝える弁舌、②表情や見た目が快活かつ愉快であることの2つが重要だ。人と広く快活に交わり、様々な事物に関心を寄せ、人格を涵養していくべきだ。
学びのポイント
本書に対する最大の誤解
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言われている。(中略)
しかし、この人間の世界を見渡してみると、賢い人も愚かな人もいる。貧しい人も、金持ちもいる。また、社会的地位の高い人も、低い人もいる。こうした雲泥の差と呼ぶべき違いは、どうしてできるのだろうか。
その理由は非常にはっきりしている。『実語教』という本の中に、「人は学ばなければ、智はない。智のないものは愚かな人である」と書かれている。つまり、賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ。
冒頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉があまりにも有名で、福澤諭吉は江戸時代の身分制度を否定して、平等を説いた人なのだと誤解されることが非常に多い。
しかし事実は違う。その後を読めば直ぐに分かる。人間は平等と言われているが、能力や貧富や社会的身分には、れっきとした差があって、それを生み出すのは学問の有無であると明確に指摘している。福澤が言いたかったのは「学問は大切である」という点である。
そもそも「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』と言われている」とあるのだから、これは福澤自身の言葉ではなく、どこかからの引用であることが分かる。いろいろと説はあるようだが、当の慶応義塾はこう言っている。
この出典の考察には、従来からいくつかの説があるが、最も有力なのは高木八尺、木村毅の両氏をはじめ多くの人々によって指摘されているようにトーマス・ジェファーソンによって起草されたといわれるアメリカの独立宣言の一節を意訳したという説である。原文にはこう記されている。
We hold these truths to be self-evident, that on all men are created equal on, that they are endowed by Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the pursuit of Happiness.
(われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命・自由、および幸福の追求が含まれることを信ずる。—岩波文庫『人権宣言集』)
※以前は「慶應義塾豆知識No22」として慶應義塾HP上に掲載がありましたが、現在は削除されているようで見られません
合理主義者 福澤諭吉
(外交にあたっては)「天理人道(天が定めた自由平等の原理)」にしたがって交わり、合理性があるならばアフリカの黒人奴隷の意見もきちんと聞き、道理のためにはイギリスやアメリカの軍艦を恐れることもない。
国が辱められるときには、日本国中のみなが命を投げ出しても国の威厳を保とうとする。これが一国の自由独立ということなのだ。
この本が出版された1872年と言えば、欧米とアジアの力の差は歴然としていた。それでも福澤は過度に卑屈になることもなく、過度に排他的になることもなく、合理的な態度で外交にあたることを説いた。当時としては画期的な態度だったであろう。
遡ること30年ほど前、清は中華思想を引きずったままアヘン戦争に突入し、イギリスに敗れて香港などを失った。福澤もそれを認識しており、一国の自主独立を守ることの重要性を強調した。
では、その後の日本はどうだったか。日清戦争・日露戦争に勝利し、欧米列強に肩を並べるまではよかったが、1930年代から泥沼の戦争に入っていく。敗戦慣れしていない日本は、全てアメリカに従う態度しか取れず、「一国の自主独立」を守る気概も失っていた。
昭和における知の巨人、安岡正篤は著書『運命を創る』でこう嘆いた。
日本の政府は、大東亜戦争敗戦後の国民に、良心と勇気を取り返し、大革新をやり、新たな日本を創造しなくてはならんということを教え、努力すべきであったが、アメリカの占領軍の政策の前に恐れ伏してしまった。
新憲法も、あれを受け入れるならば、「日本が独立の暁には、この憲法は効力を自然に失う」という付則をつけておくべきであったのが、そういうことも何もしていない。ドイツなどは、それをちゃんとやった。ドイツ人は、なにしろ昔から勝ったり負けたりを繰り返してきているから、たまたま負けても動ずるところがない。日本人もそれを見習うべきだった。
占領軍に憲法も変えられ、修身、歴史など全部禁止されてしまう。神道、神社は国家から切り離されてしまう。何もしないで所得倍増、産業回復、GNPのそろばん勘定、日本人は本当に下司な商人になってしまった。
専制政治の否定と国民啓蒙の必要性
要するに、国民を束縛して、政府がひとり苦労して政治をするよりも、国民を解放して、苦楽を共にした方がいいではないか、ということなのだ。
封建社会では特権階級が政治を取り仕切っており、孔子の「民はこれに由らしむべし、これを知らしむべからず(賢い者が上にいて民を支配して、その意向にしたがわせてしまえばよい)」という言葉がそのまま実践されていた。
確かに海に囲まれていて「外敵」がいない日本では、少数の特権階級が自国民を搾取し、自らに反抗する勢力を抑えることに合理性はあった。江戸時代の参勤交代や天下普請などは、大名の力を削ぐ政策として正しかった。
地方大名は地方大名で、自国民を搾取した。町人や農民は参政権が与えられないことは当然として、権利も相当に制限されていた。結果、自主性や独立の気風というものは育まれず、被支配者根性が染みついてしまった。政治は与えられるものであって、町人や農民が愛国心を持つことはなかった。
江戸時代の例ではないが、福澤は本書で桶狭間の戦いと普仏戦争を例に出している。桶狭間の戦いでは、織田軍が優勢になると、今川軍は蜘蛛の子を散らすように瓦解した。一方、普仏戦争でフランスは劣勢でも果敢にロシアに向かっていった。この差は「自国のことは自分で守る」という自主独立心や愛国心の差であるという。
国民に権利を与える代わりに、自国の政治を自国のことと捉えて行動する義務を課さない限り、外国との競争には勝てない。福澤は明治初期に既にそれを見抜いていた。
社会契約論(ルソー)
国民というものは、一人で二人分の役割をつとめているようなものである。
一つめの役目は、自分の代理として政府を立てて、国内の悪人を取り締まって、善人を保護することである。二つめの役目は、政府との約束を固く守って、その法にしたがって保護を受けることである。
右のように、国民は政府と約束して法を作る権力を政府に与えたのだから、決してこの約束を破って法に背いてはいけない。
この考え方は、ルソーの「社会契約論」そのものである。この引用に限らず、本書では繰り返しルソーの思想が現れ、日本人に「脱・専制国家(江戸幕府) 入・市民国家」を説いている。
ルソーは著書『人間不平等起源論』『社会契約論』で主張したことは、概ね以下のとおりである。
・人間は自然状態においては平等であるが、現実は一部の貴族が専制政治を通じて市民に経済的不平等を強いている。
・しかし本来、国家や政治は、市民の生命や財産を保全するための手段であるべきだ
・そのためには、市民は自分たちが持つ財産や身体などを含む全ての権利を国家に譲渡しなければならない。
・そして、国家は法律により市民の一般意思を体現し、市民のために政治を行わなければならない。
・つまり、国家と市民は、自由平等な契約によって成立する関係なのである。
福澤が本書で主張していることも、概ねルソーの考え方に沿っている。
・江戸時代は専制政治だった。身分制度により人々は幕府・大名から搾取されていた。独立の気風もなく、ただお上にひれ伏し、依存するだけだった。
・外敵が無い時代はそれでもよかったが、今は諸外国から積極的に独立を守らなければならない時代に変わった。
・明治時代の日本人は、自分たちで政府を作ると考えなければならない。あくまで主権は市民側にあるのであって、国家の独立や、治安・財産維持のために、一部の権利を国家に委任しているだけなのだ。
・人々は学問をし、独立した個人として国力の増進に努めるとともに、国家に立法権を付与した主権者として自らも法を守らなければらないし、国家の独立維持にも努めなければならない。
人事部長のつぶやき
見た目にも責任が必要
表情や見た目が快活で愉快なのは、人間にとって徳の一つであって、人付き合いの上で最も大切なことである。
これは全くもってそのとおり。私の会社の偉い人達は、いつもどこか不機嫌そうで、威圧的な雰囲気を出している。
本人たちは否定するだろうが、人間というものは男性も女性も、50歳を超えると、通常の顔をしていても、周囲からは不機嫌に見える傾向があるのではないだろうか。
不機嫌な顔をしていて良いことなど一つもない。意識的に口角を上げて、上機嫌で一日を過ごしたいものだ。
この「上機嫌」は古今東西、数々の偉人が重要性を強調しているので、その一部を紹介したい。
①アラン『幸福論』
何かのはめで道徳論を書かざるを得ないことになれば、私は義務の第一位に上機嫌を持ってくるに違いない。
人生の些細な害悪に出会っても、不機嫌で自分自身の心を引き裂いたり、それを伝染させて、他人の心を引き裂いたりしないように、努めねばならない。
幸福の秘訣の一つは、自分自身の不機嫌に対して無関心でいることだ。相手にしないでいれば、いずれ消滅する。これこそ、本当の道徳の最も重要な部分だ。
自分が不幸であることに不機嫌になってはいけない。不幸なだけでも十分なのに、不機嫌になることはそれに輪をかけて二重に不幸になる。
②ヒルティ『幸福論』
例えば君が風呂に行くとする。そこではどんな不都合が起きるかを予め考えておくのがよい。行儀の悪い者、うるさい者などもいるだろう。
そうすれば、入浴中に何か気に入らないことがあっても「自分はただ入浴をしに来たのではない。自分の自由と品性を保とうと欲したのだ。この件で怒ったり不機嫌になったりしたら、自分はそれをよく保ちえないだろう」と考えればよいのだ。
③洪自誠『菜根譚』
暴風雨の日には、鳥や獣でさえも悲しそうである。ところが天気晴朗の日には、草木でさえもうれしそうである。天地間には一日として和気がなくては幸せに暮らせない。
人の社会でも、和気を以て互いに相交り、感謝して満足する心がなくては幸せになれない。
④佐藤一斎『言志四録』
春風の和やかさをもって人に接し、秋霜の鋭さをもって自らの悪い点を改めよう。
人が自分にどのような態度・反応を示すかは、全て自分の心が整っているか否か次第である。
⑤マルクス・アウレリウス・アントニヌス『自省録』
克己の精神を持つこと。いろいろな場合、たとえば病気の場合でさえも、機嫌良くしていなければならない。
我々が怒ったり悲しんだりする事柄そのものにくらべて、これに関する我々の怒りや悲しみのほうが、どれほどよけい苦しみをもたらすことであろう。
⑥立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
僕は、前職の時代から、現在に至るまで、リーダーのもっとも重要な役目は、「スタッフにとって、元気で、明るく、楽しい職場をつくること」だと考えています(中略)
(私は)部下の前ではできるだけ、不愉快な顔をしないことを心がけています。それがリーダーの最低限の務めです。
これらは一人の社会人として、心に重く響く。自分の精神や心がどんな調子であるかというのは、自分と一緒に働く人にとっては何ら無関係だ。常に一定の状態で接しなければいけないし、不機嫌で周囲のパフォーマンスを下げるなど、プロフェッショナルとして失格である。
進化生物学的には、人間は生存と子孫を残すことに適した形で進化してきたのであって、決して「幸福になるように」は設計されていない。自然界の中で生きながらえられるように、ある程度の用心深さや悲観主義を本能的に持っている。だから、先天的な楽観主義者というものは存在しないし、幸福は自然に生れ出てくる感情ではなく、自ら積極的に作り出していかなければいけない。
もし、あなたの周囲に「先天的楽観主義」とか「いつでもハッピー」のように見える人がいたとしたら、その人は周囲からそう見られるように努力しているに違いない。特にビジネスシーンでは「職業としての上機嫌」が求められるだろう。
コミュ障へのアドバイス
人間多しと言っても、鬼でも蛇でもないのだ。わざわざこちらを害しよう、などという悪い奴はいないものだ。
恐れたり遠慮したりすることなく、自分の心をさらけ出して、さくさくとお付き合いしていこうではないか。
なんとも、いわゆる「コミュ障」への的確なアドバイスである。
人は分からないもの、知らないものに対して本能的に警戒心を持つ。自分が引っ込めば引っ込むほど、相手との距離は遠くなる。最初はストレスがかかるが、積極的に自己開示していくと、相手も自分を理解してくれるようになる。
その時に大切なのは「頭が悪いと思われるのではないか」とか「変なヤツと思われたくない」といった余計なことを考えないことだ。自分を120%で見せても後からぼろが出る、80%では伝わっていない、結局100%の自分をさらけ出す以外に方法は無いのである。
福澤諭吉は明治の大教養人ですが、こんな人間臭く、実践的なことも言うんですね!
現代ではあり得ない男尊女卑
『女大学』という本に、「婦人には三つしたがわなければいけない道がある。幼いときは両親にしたがい、嫁に行ったら夫にしたがい、老いたら子にしたがわなければならない」とある。
幼いときに両親に従うのはもっともだが、嫁いで夫に従うとはどういうことなのか。どのようにしたがうのか、聞いてみなくてはなるまい。
『女大学』とは、江戸時代の代表的な女子教訓書で、貝原益軒の著作の一部とされている。他にもこんなことが書いてある。
・容姿よりも心根の善良なことが肝要で、従順で貞節そして情け深くしとやかなのがよい。
・嫁いだら夫の両親を実の親以上に大切にせよ。
・婦人は勤勉でなければならぬ。歌舞伎や、神社仏閣等人の多く集まる場所に行くのは四十歳未満の婦人は好ましくない。
そもそも「女は陰性なり。故に女は男に比ぶるに、愚かにして目の前なる可然(しかるべき)ことをも知らず」という強烈な男尊女卑思想のもとに書かれている。
これは、いつぞやの森喜朗東京五輪組織委員長が辞任に追い込まれた「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」という失言の比ではない。
当時は当たり前の考え方だったのでしょうが、現代人からすると相当な違和感がありますね。